曲者

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 背中と、後頭部が痛くて目を覚ました。眩しくて目を細める。  ぼんやりする頭で考える。火矢だ。都南の街が燃えているのは、タンチョウ族の火矢によるものだ。空が動いている。自分の体が、引きずられているのだ。  足を動かそうとして、両手両足が隙間なく縛られていることに気付いた。随分と敬意のない運び方をするものだ。  ラフリンは顔をわずかに上げて、自分を引きずっている兵士を見た。側を走っていた顔だと分かる。タンチョウ族との乱戦で、よく生き残ったものだと感心した。 「置いていけ」  ラフリンが言うと、男は「なりません」と答えた。残り火の中をラフリンを引きずりながら歩く。 「大敗だ。座貫に帰る資格などない」 「なりません」 「ここで死なせてくれ」 「壊滅的被害を受けたのです。座貫は近いうち……タンチョウ族の手に落ちるでしょう」  男は怒りを隠さず言った。 「全てラフリン将軍のせいです! あんたにはっ……責任を取ってもらう!」  言葉が出てこなかった。自分を待ち受けるものを想像して、胃液が這い上がる。それは口元を覆う布に吐き出され、布の中を酷く不快なものにした。 「どうしたんですか。怖いんですか。これだけの犠牲を出しながら、死ぬだけで済むわけがないでしょう」 「……俺は将軍だ……お前ごときが、俺の処遇を決められると思うな」  浮いていた足が地面に落ちて、ラフリンはミノムシのようにその場に倒れた。眩しいほどの空に影が掛かる。生き残った兵士が、ラフリンを囲んだのだ。  顔を覆っていた布が剥ぎ取られ、兵士らが息をのんだ。 「あんた…………嘘だろう?」 「どうして……慰み者が……」  兵士らが顔を見合わせ、おもむろに下半身の前をくつろげた。  頬に、温かい水分が掛かった。色の濃い、少し血の混ざった尿だ。ラフリンは目を閉じた。  尿でびたびたに体を濡らされた後、足の結束が解かれ、両腕を縛られたまま騎乗を指示された。先導する騎馬と、背後を歩く騎馬に手綱で繋がれ、罪人のように帰路を練り歩く。低速とは言え、腕の自由がないラフリンは何度も落馬し、濡れた顔を土で汚した。 「あれが……ラフリン隊?」 「あの人がラフリン隊長? やだ、美男子じゃない」 「バカ言うなよ。三千の騎馬隊を潰した極悪将軍だ」  赤城が見えて城下町に入った。三千騎で出発したのがわずか十数騎での帰還だ。町人は痩せ細った精鋭部隊の姿に唖然とし、俯く栗毛の男に罵声を浴びせた。  赤石が投げつけられる。老人や女が投げるそれに、痛みを与える力はない。ただ、当たっているなと思う。彼らの気は紛れただろうか。飛来した方を見ると、幼い子供が怯えたように退いた。  内腿が限界に達した。落馬し、再び騎乗させられるが、数秒と乗っていられずにまた落馬した。そうして何度も落馬を繰り返し、ラフリンの意識は遂に途絶えた。
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