曲者

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 晴天。身体の自由はない。太陽がそこまで凶悪に感じないのは、山脈と、適度な水源に囲まれた豊な土地だからと分かる。人間が生活するのに適した環境とは、こういう肥えた土地を言うのだろう。揺れに身を任せながら、ラフリンは座貫の環境を羨んだ。  ゴロンと身体が転がって、視界を封じていた布が解かれる。ラフリンの目は麻布でグルグル巻きにされた自身の身体を認識した。膝から下がなく、そこが血で滲んでいる。 「……っ!」  ラフリンは自我を保つ術を忘れ、狂ったように泣き叫んだ。  哀れむ者はない。比玄とその周りにいる者たちは、四肢を失った男を笑った。 「失血死する恐れがあったため、陰茎にはまだ手を付けておりませんが」  氷のような声でソピンが言った。ラフリンは胸を上下させながら、自分の四肢を切り落としたであろう男を見上げた。 「よい。自ら切り落としたくなる程の苦痛を与えよ」 「御意」  だるまになったラフリンは荷車に乗せられ、ソピンによって演習場へと運ばれた。 「死にたくなりましたか」  ラフリンは泣き疲れ、大人しくなっていた。 「……なった」 「僕も、発狂するアンタの姿なんて見たくなかった」  屋根の下に入って、荷車の角度に沿って転がり落ちた。湿った土の上をゴロンと一回転して止まる。 「栗毛の男だ」 「ラフリン将軍だって」 「将軍が? まさか」 「三千騎をほとんど失っちまってあの姿さ」  ボロを纏った慰み役らはラフリンに興味を示した。 「まだ止血が終わっていないので、このまま胸と肛門を切ります」  ソピンが短刀を手にラフリンに歩んだ。遠巻きに複数人が息を飲む。ラフリンは目を剥き、ぎこちなく首を横に振った。 「や、……やめろ」  ソピンの短刀は麻布を切りつけ、ラフリンの胸の突起を露わにした。ラフリンの小ぶりなそこは芯を強く持って震えている。 「ふっ」  ソピンに突起を摘まれ、息を漏らす。 「削ぎ落とされると思いましたか?」  ソピンは身動きの取れないラフリンの体を抱きすくめ、胸の突起に吸い付いた。 「あっ……やっ、やめろっ」  全ての神経がそこに集っているようだった。温かい舌で覆われ、撫でるように周囲を舐められる。全身が熱く、痺れた。自分に注がれる複数の視線が火矢のように熱い。 「あっ……んあっ」  ちゅぷ、と濡れた音を立てながら、ソピンは取り憑かれたようにラフリンの胸を愛撫した。 「やっ……あっ、やっ……はっ……」  舌先で乳首の先端を突かれる。甘く噛まれ、股間がジンと痺れた。 「は、ああっ……」  ソピンは熱心にそこを舐めた後、ラフリンをうつ伏せに転がした。尻の割れ目に沿って布を切り、肛門を晒す。 「うあっ……ふぐっ」  ソピンの肉塊が押し込まれ、不自由なラフリンは荷車のように前に出た。土を食らって、ゲホゲホと吐き出す。 「あ……うあっ……」  晒された乳首が土に擦れて痛い。腹が減った。喉が渇いた。ここにはいつだって水がある。鹿も、羊も、たくさん遊牧できる肥えた土地がある。 「こんな姿になってもっ……まだ生きたいのですかっ!」  最も太いエラの部分が、浅い部分をぬちぬちと擦り上げ、あまりの快感に惑乱し、ラフリンはすすり泣いた。 「ああっ……」 「ここがいいんですね」 「やっ、んあっ……」  麻布の中で、股間が勃ち上がる。ソピンは執拗に同じ部分を捏ね回した。 「あっ、もう……ひっ、ああっ」  ずるっと底まで埋め込まれ、ラフリンは首をうち振った。人間の尊厳を奪われ、物のように身動きを封じられ、ガツガツと乱暴に腰を打ちつけられる。喘ぐたびに口の中に土が入った。 「一晩粗蛇を受け入れていたから、さすがに緩んでますね。これじゃあ誰も満足しませんよ。ほら、もっと締めてください」  硬い指の腹で乳首をザリザリと擦られる。 「ひああっ……」 「もっと締めろと言っているんです」  ソピンは乳首をねじった。 「んあっ……」  乳首から指を離すと、ソピンはラフリンを地面に押し付けた。陰茎を上下に抜き差しする。そうして散々責め苛むと、仰向けにひっくり返した。  肛門から滴り落ちる生温かな体液で、ソピンが達したのだと分かった。 「表で兵士が待っています。あんたはもっと酷い目に遭う。……どうしますか。死にたいなら、手を貸しますが」 「……何度も、言わせるな。俺は……」  言った瞬間、あるはずのない指先が動いた気がした。自分を見下ろすソピンを見やる。もう一度、指先を動かす。……ある。確かに指がある! 「ソピン……お前」  感覚が戻って、次第に自分の身体がどうなっているのかを理解した。四肢は後ろに折り曲げられ、強く圧迫して血の巡りを止められている……だけのようだ。  複数の足音が入ってきた。ラフリンを取り囲む。  髪の毛に温かいものが掛かった。よく知った臭いと、頬に当たる感触で尿だと分かる。笑われてもよかった。喉を潤そうと口を開けると、親切に尿はそこに落とされた。 「貴様は本当に尿が好きだなぁ」  黄李の声が言った。美味くはないが、水分はありがたく頂く。水がない砂漠では特別おかしなことでもない。食う物がなければ人肉だって食う。そうやってタンチョウ族は生き伸びてきた。  黄李は尿が途切れると、ラフリンの口を陰茎で塞いだ。 「うぐっ……んむ」 「ラフリン将軍。貴様は不可解な存在だった」  黄李の陰茎が出し入れされ、ラフリンは両目に涙を浮かべた。ソピンが逃げ出す気配がある。周りにいる慰み役も、そろそろと距離を取る。 「暴れ馬を安易と乗りこなし、見事な騎射の技術があった。将軍として、貴様ほどの才がある奴を俺は知らねぇ」  グッと奥まで押し込まれる。 「にも関わらず貴様はオークスに遣わされ、四年もの間座貫を離れていた。そんなおかしな話があるか?」 「ごっ……おふっ」 「ずっと不可解だった。そんな優れた人間は本土に置いておくべきじゃないのか。本当はオークスなんか行ってないんじゃないか。顔を隠しているのは、俺たちがよく知る人物だからじゃないのか……そうそう、裏筋もちゃんと舐めろよ」  腰が持ち上がり、首に圧が掛かる。 「っ……んんっ!」  窄まりに熱く硬い物が当てがわれ、無遠慮に押し入る。 「実に不可解だ。オークスから戻ったというラフリン将軍と、慰み役の栗毛の男は同一人物……そんな、そんなことがあるか?」  だがラフリンは知っていた。黄李がずっと、自分のことを栗毛の男だと疑っていたことを。その疑惑を打ち消していたのが自分の馬乗りと騎射の技術であることを。 「慰み役の男がなぜ馬に乗れる? なぜ騎射ができる? 『やってみたらできました』なんてのが通用するような程度でもねぇ」 「うっ……ぐふっ」  咽喉と腸壁を同時に犯され、頭が膨張しそうになる。 「俺は甘かった……! 幼い頃から狩りをし、遠乗りをしている民族がいることをっ……すっかり見落としていたっ!」 「黄李将軍……それって、どういう……」 「この男はタンチョウ族っ! 幼い頃から馬に乗りっ、騎射を身に付けっ、座貫を滅ぼすためにここへ来た!」  部下らが息を飲むのが聞こえた。 「では最初から、三千騎を始末する為に都南へ……?」 「そうなんだろう?」  押し込まれていた陰茎が引き抜かれ、嗚咽した。前髪を掴まれて黄李を向く。黄李は怒りを露わにラフリンに凄んだ。 「都南の戦いで雲隠れするつもりが、しくじったなぁ?」 「あっ……」  後ろは犯されたままで、嗚咽は少しずつ嬌声に変わる。 「答えろ。貴様はタンチョウ族のなんだ?」  直にここはタンチョウ族の手に落ちる。そうしたらもう、夏の暑さに死ぬ者も、食うものがなくて飢える者もいなくなる。  褒美を貰うのだ。  将軍の地位に上り詰め、精鋭部隊を作り上げた。ラフリン隊を失った座貫軍の士気は今や地の底。外からが駄目なら、中から攻める。王の息子の中で、俺だけがそう考えた。 「っ……君主の……息子っ……五男のっ……佐了(さりょう)!」  ラフリンは唾液と胃液を口から垂らしながら、黄李を睨んだ。黄李の瞳に、恐怖が浮かび上がる。 「お、俺がっ……王にっ……なるんだっ」  中に入っていた男が達し、続け様に別の男に犯される。 「座貫を落とせばっ……あっ……ひっ……お、俺がっ……王になれるっ!」  笑いが起こった。目の前にいる黄李は一つも笑っていない。周りにいる部下だけが、高らかに笑っている。 「ははっ、だるまが王なんて無理だろう」  ぴちゃっと尿が頬に落とされる。ラフリンは目を閉じ、尿が途絶えるのを待ってから再び目を開けた。まっすぐ黄李を見据える。 「座貫をっ……落とした者が王にっ……なれるんだ」  両手両足の感覚がない。本当に自分はだるまではないかと思う。このまま、一生不自由に犯され続けるのではないか。恐怖を背負いながら、ラフリンは強く言った。 「だから俺がっ……王になる!」 「……っ!」  突如、黄李の手が、ラフリンを犯していた男を突き飛ばした。 「貴様はやはり、生かしてはおけん!」  黄李はラフリンの上にまたがると、腰に下げた鞘に手を掛けた。 「黄李将軍っ! 殺すなとの命令です!」  黄李は聞かなかった。長剣をラフリンの胸元に突き刺す。 「ぐっ……くっ……」  外が騒がしい。黄李の部下がバタバタと外へ出ていく。黄李はハッとしたように目を剥くと、ラフリンに突き刺した長剣を引き抜いた。 「黄李将軍っ! タンチョウ族ですっ!」  呼び声に、黄李は幕舎を出て行った。幕舎の中はラフリンと怯えた慰み役だけになる。 「はっ……あっ……くそっ」  胸の上の、切られた麻布がヒラヒラと浮いている。ラフリンは首を伸ばしてそこに噛みつくと、一息に引っ張った。メリメリと麻布が思惑通り引きちぎれる。 「な、何してんだい……アンタ」  女が言った。 「ふっ……んんっ!」  ラフリンは構わず麻布に噛みつき、首が動く限界まで引き裂いた。 「た、頼むからっ……だるまの体を……見せないでおくれよ」  口から血を吐きながら夢中で麻布を引き裂こうとするその様は、危害がなくともその場にいる者を怖がらせた。一人の少年を除いて。 「はっ……」  少年はラフリンに歩むと、ラフリンを縛り付ける麻布を丁寧に剥いだ。干し肉を与えた黒髪の少年だ。 「すまない……ありがっ……げほっ」  麻布が解けると、少年は大きく目を開いた。肘と膝は血が出るように切りつけられているが、腕も足もちゃんとある。ラフリンは自分の体を確かめるように腕を撫で、安堵の息をついた。  黄李に刺されたのは胸の上だが、麻布が何重にも巻かれていたおかげで致命傷には至らなかった。ラフリンは裂いた麻布を傷口に巻きつけ、身を隠す手ごろな服を探した。 「これ、使ってください」  ボロ着物を差し出され、ラフリンは顔を上げた。  外は馬の悲鳴や兵士の声で騒がしい。疾走する馬の足音が幕舎のすぐ側を通った。 「戦うんでしょう?」 「ああ」  ラフリンは言って、少年から受け取った着物を身に纏った。 「お前たちの国を滅ぼす。悪く思うな」  ラフリンが言うと、少年は嬉しそうに笑った。  幕舎を出て、騒動に乗じて赤城に忍び込んだ。結束の解けた身体は自由とは程遠く、歩くのもぎこちない。まだタンチョウ族は城内には侵攻していないようで、武器を持たない文官らが慌ただしく駆け回っているのが見えた。  ラフリンは物陰に身を潜め、武官が通るのを待った。 「ふぐっ!」  腰に長剣を下げた武官を見つけ、速やかに襲った。背後から首を絞め、相手よりも早く剣を引き抜く。武器を持たない目撃者は悲鳴を上げて逃げ惑い、武器を持つ者はラフリンに刃を振るった。  ラフリンは容赦無く敵を斬り殺しながら、比玄のいる棟を目指した。  全身が悲鳴をあげている。尻の奥が疼いて気持ち悪い。黄李に刺された胸がズキズキと、今になって死を予感させるような痛みを主張し始める。  兵士の声が近くなる。タンチョウ族が演習場を制圧し、赤城に接近しているのだ。  比玄の部屋の扉は開いていて、比玄は既に屋上に逃げたのだと分かった。自分もそこへ行こうとして、 「ら、ラフリン?」  部屋の奥から、怯えた声が聞こえて足を止めた。 「……っ!」  インフィンはおずおずと部屋から出てきて、返り血で身を汚したラフリンの姿に目を剥いた。 「インフィンッ!」  思わず声がひっくり返った。インフィンの片腕がない。何があったのか一目でわかった。比玄はインフィンにも罰を与えたのだ。彼が受けた痛みを思うと胸が弾けた。  いますぐ駆け寄って抱きしめたいが、それは全てが終わった後だ。 「ま、待ってよラフリン!」  比玄は寝巻きのまま、赤石でできた胸壁の前に立ち、タンチョウ族の侵略を茫然と見下ろしていた。 「比玄様」  背後から声を掛けると、比玄は振り向いて目を剥き、口をあんぐりと開け、体を震わせた。ラフリンは一歩ずつ、踏み締めるように比玄に歩んだ。 「き、貴様っ……な、なぜっ」  比玄は指先をラフリンに向けた。拳ほどの距離をとって、ラフリンは足を止めた。 「我が国土にタンチョウ族を引き入れたのは貴様であるぞっ! どうしてくれるっ! あの汚れた遊牧民に我が国土が奪われるなど、あってはならん!」  至る所で火の手が上がっていた。城内は馬の悲鳴と兵士の叫び声で溢れている。 「貴様がっ……タンチョウ族を滅ぼすなどと言わなければっ……こんなことにはならなかったのだっ! 全てっ、全て貴様のせいであるぞっ!」 「それは、何よりのお言葉」  長剣が比玄の胸を貫き、比玄の顔がぐわんと歪んだ。  前のめりに倒れた比玄の背後に回って、歯切れの悪い剣で首を斬った。旨そうな鹿を捕らえた時のような幸福が湧き上がる。これを、早く下で戦うタンチョウ族に見せなければ。 「俺が……俺が王になるんだっ」  ラフリンは比玄の頭を抱きしめ、胸壁に手を伸ばした。  あと少し。あと少しで今までの苦労が報われる。  額に汗が浮かぶ。異常な量の汗。力がそれ以上入らない。おかしいなと思う。インフィンの声が聞こえて、無意識に笑った。 「ひっ……な、何を抱えてるのっ!」  力が抜けて比玄を落とした。ハゲ頭は赤石の上をコロコロと転がって、追いかけようとしたラフリンは前のめりに倒れた。  赤石を這って比玄を追った。身体が思うように動かなくてもどかしい。 「……っ」  手を伸ばして、獣の皮で編んだ履き物が視界に入った。一寸先にある比玄の頭が拾い上げられる。 「に、兄様っ……」  自分を見下ろす男の顔に安堵し、頬が緩んだ。 「兄様っ……やっと、やっと座貫がタンチョウ族のものになりますねっ……この国土がっ……我々のものになるんですっ……ここなら食うものにも困らず、喉の渇きを潤す水源が豊富にありますっ」  タンチョウ族の男は比玄の首を持って胸壁へ向かった。 「兄様っ……それ、俺が討ち取った首です……兄様っ……座貫を滅ぼすことができたのはっ……お、俺の手柄ですよねっ?」  男は足を止め、 「貴様の手柄?」  低く言った。ラフリンの緩んだ頬が引き攣る。 「は、八年……耐えました。尊厳を捨て、タンチョウ族の為にこの身を捧げましたっ……俺はっ……報われたいのです。座貫を落としたのは、俺ですよね?」 「八年っ!」  男は目をカッ開いて、大袈裟に言った。 「八年もタンチョウ族を離れていた者が、タンチョウ族を名乗るとは滑稽ぞっ!」  高らかに笑う。  頭が真っ白になった。顎がガクガクと震え出す。  男は足先を胸壁へ向け、歩き出した。 「お、俺が討ち取った首ですっ……兄様っ……お願いです……お、俺の手柄をっ……とらないでください」  ラフリンは赤石を這うが、追いつくには腕の力があまりに弱い。男の足は既に胸壁に掛けられ、比玄の首を高々に掲げる背中が見えた。  下から湧き上がる歓声と同時に、ラフリンの両目から涙が溢れた。 「俺が……取ったんだ……お、俺がっ……」 「我が名は芭丁義(ばていぎ)! タンチョウ族第三皇子である! これよりここは我が領土である! 座貫軍は直ちに抵抗をやめよ!」  ラフリンは赤石に額を擦り付け、喉が裂けるほど発狂した。怯えたような手が肩に置かれる。振り払ってしまいたいのに、その力もない。余った体力全てを泣き叫ぶことに注いだ。  座貫軍が抵抗をやめたのか、悲痛な叫びはラフリンの声だけになる。 「タンチョウ族の長年の夢が遂にっ……」  言葉が途切れ、ドサっと重みのある音と共に額に風が掛かった。顔を上げると、胸に矢を受け絶命している兄がいた。 「にい……さまっ」  這って近づこうとして、赤石に触れている胸が痛み出す。そもそも腕も動かない。どこも、自分の意思で動かせない。 「ラフリンっ……!」  肩に触れている手に意識がいく。 「インフィン」  言うと、口からワッと血が溢れた。 「おれを……あそこまで、連れて行ってくれ」 「で、でも矢がっ……あ、危ないよっ!」 「……頼む」  インフィンはラフリンの腕を肩に回して胸壁へ向かった。側まで行くと、ラフリンは倒れるように胸壁に身を預け、下にいる者を見下ろした。  タンチョウ族も、抵抗をやめた座貫の兵も、皆ラフリンの姿に驚いて息を飲んだ。 「誰が兄様を討った!」  ラフリンが叫ぶと、一人の男が「こいつです!」と倒れる大柄な男……黄李を指差した。 「黄李……っ」  黄李は槍を突き刺されて絶命していた。兄を射った直後に殺されたのだろう。  王の首が取られた後も抵抗するとは、黄李の性格からして不自然だ。黄李は気に食わない男だが、見苦しい真似をするような男ではない。  比玄の首を掲げたのが自分だったら、黄李は矢を放たなかったのではないか。ふと、自惚れとしか思えない発想が胸に湧いた。自分なら、黄李に認められたのではないか。想像に過ぎないが、胸がじわりと熱くなった。 「俺はタンチョウ族第五皇子っ、佐了だっ! これよりここは我が領土! タンチョウ族の支配下であるっ!」  声を張り上げると、全身が引き裂かれるような激痛に襲われた。自分が歓迎されていない雰囲気をひしひしと感じながらも、多幸感が満ちていく。  一人だけ、自分に尊敬の眼差しを向けるものを見つけた。ソピンだ。ちょっとは見直してくれただろうか。安堵した途端、ラフリンは糸が切れたようにその場にへたり込んだ。胸を押さえて横になろうとして、インフィンの片腕に包まれる。 「インフィン……すまない……痛かっただろう。お前に、こんな思いをさせるつもりはなかったんだ……」  インフィンは両目に涙を溜めながらかぶりを振った。 「ラフリンのせいじゃない……僕が、ラフリンの言う通りにしなかったから……自分から誘ったって、言ったから……」  なんて素直で馬鹿なんだろう。ラフリンはきゅっと眉根を寄せた。 「痛かっただろう」 「ラフリン、血がっ……」 「大したことはない……インフィン、お前が心配だった……粗蛇は、使われていないな?」  インフィンはコクコクと頷いた。ラフリンは力なく笑ってみせる。 「は、早く手当てを……助けを呼んでくるよっ!」 「いい、このまま」  インフィンの体温を頬に感じながら「側にいてくれ」と懇願した。限界まで酷使した身体は息をするだけで上下に揺れ、腫れ上がった内部には粗蛇が這った感触がまざまざと残っている。不快と激痛に蝕まれながらも、ラフリンは幸福だった。 「少し、眠るぞ……少しだけ、疲れた」  インフィンの涙が頬に当たった。この美しい男は自分のものだ。干し肉よりも、数段うまい肉を食わせてやる。インフィンが喜ぶ姿を想像しながら、ラフリンは深い眠りについた。
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