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「あの建物でゴキ……あ、失礼………大丈夫…じゃないか…申し訳ない。また医者か……」
社長は自分の言葉で、一気に私の血の気が引いたことを察したのだろう。長い腕を伸ばすと、私が倒れないように肩を支える。
「あ、大丈夫です…」
社長にこんなことをさせて申し訳ありません…
コツ…コツ…コツ…
「また具合悪いですか?」
「ちょっとな。ここから移動だ。ここではゆっくり座って話が出来ない」
「そうですね」
と社長に応えた富永さんが、ベンチ椅子に置いていた私のバッグを持って足早に立ち去る。
「ぇ…ちょっ…と…」
「大丈夫。車を出入口につけるだけだ。ゆっくり歩けるか?」
「はい…」
辞めて終わりでいいんだけど、私は今…何故か社長に優しく肩を抱かれて歩いている。バッグが人質にも思えるくらい、言われる通りにするしかない。
「社長、お仕事は?」
「これも重要な仕事だ。社内で社員が倒れ救急車が来て、しかもその社員が辞表を提出していた…話を聞かせてもらうしかない」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません…私は辞めることが出来れば、それだけで…何も要求することもないですし…」
「そこもゆっくり聞かせてもらいます。乗って」
「え…どこへ…会社は無理っ……」
「わかりました。会社へは戻らない」
そう言われて乗り込んだ富永さん運転の車は、病院からそう遠くない高層ビルの駐車場にスーッと入った。
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