3-1. こぼれ話②

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 俺の変化に気づかないおっちゃんは、話を続けた。 「そんな蚊の鳴くような声で言われても、聞こえないよぅ。おじさん、最近耳が遠くてね。もうちょっと大きな声で話してくれないか?」  ……あ、そういうこと? リアクションの真意に気が付いた途端、更に顔が真っ赤になった。 そして、それを見たおっちゃんの顔は真っ青になった。 「れっ蓮くん。顔がもう、リンゴみたいだ。今日はもう帰った方がいい。引き止めちゃって、ごめんな」 「いや、違うんです。これは暑さのせいではなく……」 「いーや。はやく帰りなさい」  おっちゃんが自転車に乗って行ってしまう……。俺はそれが嫌だった。もう一度だけ……。もう一度だけ言ってみよう。そう覚悟を決めると、すぐに姿勢を正して深く息を吸い込んだ。 「俺、ギターを始めて、軽音部に入ったんです! 憧れの人に少しでも近づきたくて……」  俺は八助の姿を思い浮かべながら、(まく)し立てた。 おっちゃんは、ほぅ、と言ってニンマリした。 「いいね、蓮くん」 「へ?」 ——俺は久しぶりに聞く肯定の言葉を受け入れられなかった。 「なぁに、ぽかんとした顔して。若いっていいね、青春だね」 「そ、そうですかね」 「そうだよ! たしかに、積み上げたものを極め続けることは良いことだと思うよ? でもそれと反対に、新しいことに挑戦するのもとても良いことだとおじさんは考えているんだ」 「……」 「積み上げたものっていうのは、時には人間に惰性を与えてしまうと思うんだよなぁ……おじさんは」 そう言うおっちゃんは、どこか遠い目をしていた。俺は急に話についていけなくなり、戸惑った。 「ハハハッ、そんな顔しないでくれよ。ちょっと難しい話しちゃったかな? ごめんごめん。とにかく、おじさんは蓮くんのこと応援してるよ! 文化祭でライヴするんだろう? ワクワクするなぁ。おじさんのこと、招待してくれよな」  いや、軽音部には俺一人しかいないんです。だからライヴは——そう言う前におじさんは自転車に乗ってしまった。 「じゃあな、蓮くん。久しぶりに話せて楽しかったよ」  おっちゃんはそう言って、そそくさと行ってしまった。よく考えたら勤務中だから、長話は厳禁だったのかもしれない。
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