3-2. こぼれ話③

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3-2. こぼれ話③

 金曜日の夕暮れ時。 学校から帰ってきて、家の鍵を開けた。 「ただいまー」 「お帰り、お兄ぃ」  リビングのドアから顔を出した妹は、廊下をスタスタと歩き、玄関マットの上で仁王立ちした。  明らかに嫌がらせだ。俺が家に上がるのを遮っている。 「ちょっと、そこをどいてくれよ」 「……」  妹は何も言わない。 「……暑い中歩いたせいで、とても疲れてるんだ。早くどいてくれ」  しかし妹は耳を貸さずに、すかさずこう言った。 「お兄ぃ、今日はギターの練習するの?」 「……いや、今日はやらない」  妹——花音(かのん)はその返答を聞くと、なぜかとても嬉しそうな顔をした。  その様子に俺は少し驚いた。最近花音にはあまり良く思われていないのに、そう答えただけで急に笑顔になったからだ。  花音に嫌われてしまった原因は、やはり俺のギターの音が耳障りだからなのだろうか。 「ふーん、そうなんだ。じゃあ上がっていいよ」  花音が仁王立ちをやめたので、俺はようやく玄関で靴を脱ぐことができた。  この変わり様は、まさに彼女がギターの音を耳障りと感じているからに違いないと俺は考えた。つまりここ数ヶ月で彼女の中に、ギター=不愉快という理論が成り立ってしまったというわけだ。  全ては俺の責任だ……。ギターはもともと素晴らしい楽器なのに、俺のせいで花音がギター嫌いになってしまった。早く上達して、普通のギターの音を花音に聴かせなければいけない。  練習をしなければ。スキルアップを目指して、日曜日から練習を再開するんだ!  そう思い至り、さっきの質問の答えに一言付け加えた。 「ギター練習は日曜日から再開するよ」 「え! 弾くの!?」  俺がそう言った途端、花音の顔から笑顔が消えてしまった。どうやらギターの音に相当嫌気がさしているみたいだ。可哀想な妹よ、俺絶対上手くなるから待っててくれ……。 「ギターを弾かなくなったから、もうやめたのだと思ったのに」 「いや、全然」 「そっそんなぁぁぁ……」  花音の目に涙が浮かぶ。 「そんなに嫌なのか」 「嫌に決まってるじゃん! だって……」 花音が何かを言いかけたとき、リビングから母の声がした。
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