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 それから三十分後——。 「はっち、おそいなぁ」  約束の時間はとっくに過ぎているのに、彼は未だ来ていなかった。  店先で待つつもりだったのだが、俺はついに耐えられなくなり店内をぐるりと一周してしまった。たくさんの楽器や機材、楽譜があるから嫌ではないけれど、連絡もなしにこんなに遅れるのは人として(彼は猫又なのだが……)どうかと思った。  早く来ないかな、と店舗の入り口に目を向ける。  やっぱり来ていない。  とうとう俺は、はっちを探しに行こうと考えた。何かトラブルがあったのかもしれないと思ったからだ。  はっちを探す前に弦を買ってしまおうと思い、弦コーナーへ戻った。見てもどれがいいか分からなかったので、とりあえず一番人気の弦を買ってみることにした。 △  レジに向かうと、井口さんと一人の男の人が談笑しているのが目に入った。  あの人は常連さんなのだろうか。  レジに歩いていき後ろに並ぶと、井口さんが俺に気づき、「会計いいわよ」と手招きした。 「あれ? いいんですか、まだ彼のお会計途中なんじゃ……」  そう言って隣の男性をちらりと見る。右目を長い前髪で隠しているので顔が良く見えない。  井口さんは会計をしながら、「順番は気にしなくて大丈夫よ、私の友だちだから」と笑った。その柔らかい笑顔をみて、友だちというのは本当なんだと気づいた。 「それより、市村くん」  井口さんはギターの弦を袋に入れると、ニコッと笑った。 「この人、知ってる?」  彼は隣にいる男の人を指さした。 「え……」  俺は戸惑った。顔が見えないし、こんな人知り合いにいない。 「分からないです」 「あら、残念」  俺が知っている人なのか?   身長は俺より少し高いくらいで、肌は白く、華奢な体つきをしている。でも顔が黒い前髪で隠れているから、結局どんな人か分からない。  こっちを向いてくれないかな、そう思ったとき井口さんはその男性に話しかけた。 「、市村くんは貴方のファンなのよ」  井口さんはかなり打ち解けた様子で話した。 「え!!!」  俺はびっくり仰天した。 「八助って……」  微かに声が震える——。俺は穴が開くほど彼を見つめた。そんな俺の様子を見て、井口さんが答えた。 「そう、Switchの八助。ここの常連さんなのよ」  八助と呼ばれた彼は、手をひらひらと振った。 「常連ってだけじゃないよ。井口は僕のバンドのサポートで、たまに一緒に演奏するんだ」  八助が、目の前にいる。  動いてる。  シャベッテル。  俺は驚きで何も言えなくなった。  
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