30. 突然の来訪

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30. 突然の来訪

 週初め、加恵はトラブルの後始末と、新しいプロジェクトの準備で帰りが遅くなり、美晴屋には寄れなかった。  避けたわけではないが、新とはすぐには顔を合わせづらく、その状況にほっとしている自分がいた。  そんな週の半ば、水曜日のことだった。  「八木橋さん、受付に前園さんという女性の方がいらしているそうです。アポはないそうですがぜひお会いしたいとのことです」  加恵の下にいる社員が電話を取って、受付からの連絡を加恵に告げた。 「えっ?」  加恵は驚いて声を上げた。鉄山も驚いたように加恵を見ている。 「どうしましょう?」  事情がわからない部下が聞いてくる。 (前園? 女性? 沙由美?)  彼女以外、思い当たらなかった。  どういう用件かと沙由美の来訪の理由を考えあぐねていた。しかし、内線電話を保留にして待っている部下に気付き、「わかった。すぐ行きます」と答えた。そして目が合った鉄山に肯くと、フロアを出てエレベーターホールへ向かった。  加恵の会社の一階フロアには、受付のほか軽い打ち合わせが済ませられるよう、いろいろなタイプのソファセットがパーテーションで仕切られたり、そのままだったりで配置されていた。 「八木橋ですが」  加恵が受付に行って名前を告げると、三人いる受付スタッフの一人が、「Bでお待ちです」と半個室のようにパーテーションで仕切られ、Bという表示のあるブースを示した。  加恵は肯いて、そちらへ向かった。  近付いていくとソファに沙由美が座っているのが見えた。その横にはベビーカーが置かれているので、おそらくそこに沙羅がいるのだろう。 「こんにちは。お待たせしました」  加恵は努めて冷静に声をかけた。  沙由美はこの前とは違い、髪も整っておらず、顔も化粧っ気がなかった。それを隠すためにか、あるいは会社の知り合いに会うのを避けるためか、大きなサングラスをしていたようで、それがテーブルに置かれていた。 「今日はどんなご用件ですか?」  沙由美から挨拶がないまま、加恵は向かい側に座り尋ねた。 「新しいプロジェクトがあるそうですね。主人と一緒の」  沙由美が唐突に話し始めた。 「えっ?」  急に何を言い出すのだろうと、加恵は驚いた。 「日曜日に、レストランでお会いした時、最後に主人があなたに声をかけていて初めて知りました」  別れ際、健吾が加恵に、“じゃあ、来週のミーティングよろしく”と声を掛けていたあのことだった。 「主人を問い詰めたら、新しいプロジェクトで一緒になることを白状しました。断れないのかと聞きましたが、メンバーについてはクライアントの意向があるから断るつもりはないとも」  加恵は言葉に違和感を覚えた。白状とか、断れないのかとか、沙由美は何を考えているのだろう。  健吾を愛していたから、妻ある健吾を奪ったのではなかったか?  彼女自身、この会社で働いてきたというのに、会社の事情もわからないのか?  加恵はまるで宇宙人でも見るような気持ちで、沙由美を見ていた。 「断ってもらえませんか?」  沙由美が言った。  
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