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12. プロジェクト
月が替わり、八月になった。夏休みを取った加恵は三日ほど実家の福島に帰省した。
「加恵、痩せたんじゃないの?」
母に心配されたが、夏バテなのよと答えると、畑で作ったトマトやナスを使った料理をたくさん食べさせられた。
実家は両親と、別棟に弟夫婦が暮らしている。弟は結婚したばかりだが、結婚相手は幼馴染みで加恵も昔から妹のように可愛がっていた子だった。嫁姑の仲もうまくいっているようで安心した。
久しぶりに実家でのんびりした加恵は、野菜をたくさん持たされて東京に戻った。リフレッシュしてまた仕事に打ち込めそうだ。
マンションに戻った加恵は、一旦荷物を置くと、すぐに泡子堂へ向かった。夏の暑い盛り、三日放置したお堂は大丈夫だろうかと心配だった。
しかし、お堂へ行ってみると、花は新しいものに替えられ、茶碗の水も綺麗になっていた。
美晴屋は閉まったままなので、花屋に寄ってみた。
「こんにちは」
「あら、加恵ちゃん」
店主は笑顔で加恵を迎えた。何度か通ううちに名前で呼んでくれるようになっていた。
「お堂の花なんですが、どなたが?」
「ああ、昨日、美晴屋の八重さんがちょっと帰って来てね。お掃除していったのよ」
一日違いで会えなかったのかと加恵は残念に思った。そして、女将さんが八重という名前だということを初めて知った。
「加恵ちゃんが代わりにお掃除してくれていると話したら、喜んでいたわよ。もし加恵ちゃんが来たら、よろしく伝えてって言付かってたのよ」
店主の言葉に、加恵は笑顔で肯いた。
「まだ旦那さんの入院は長引きそうなんですか?」
加恵が聞くと、「リハビリ病院に移れることになって、九月に入ったらこっちに戻ってこれそうって話していたわよ」と店主は教えてくれた。
昨日も転院先を新と見学に行くために戻っていたらしい。
あと少しで女将さんに会える──。けれども店はどうなるだろう?
期待と不安が同時に訪れた。
八月最後の金曜日、出勤した加恵は話がしたいと上司に昼前に呼ばれた。
上司で課長の鉄山衿子は管理職としても技術者としても尊敬できる人だった。加恵の離婚のことも理解してくれていて、この会社でキャリアを築くのを応援してくれる人だった。
鉄山本人も既婚で子供が二人いるのだが、そういった話は一切しない。一部の社員からは“鉄の女”などと言われているが、そうではないことは加恵が一番よくわかっていた。
それぞれフロアのドリンクバーで好みの飲み物を淹れて、フリースペースにあるソファに向かい合う。
「実はね、高市産業のシステム改修プロジェクトのPMにあなたの名前が上がっているの」
「高市産業ですか」
まだ二十代の頃、加恵がシステム構築に関わった大規模な案件だった。
「今回はかなり大がかりな改修になるから、当時活躍してくれたあなたを指名したいとクライアントの篠塚本部長からご指名なのよ」
あの時お世話になったクライアントの担当者が、今では本部長になっているようだ。
「やりたいです」
加恵は言った。篠塚から直々に声がかかっているのなら、ぜひ引き受けたいと思った。
「ただね……」
鉄山にしては珍しく、少し言いにくそうな様子で、一旦言葉を切る。
「受注までのコンサルを担当していたのが前園君なの」
それは別れた夫の名前だった。
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