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18. 美晴屋の再開
月曜日、出社した加恵は、鉄山が手の空いた頃合いを見て彼女の元へ行った。
「先日のプロジェクトの件、私にやらせてください」ときっぱり告げた。
「わかった。何かあればいつでもフォローする」
鉄山はほっとしたように肯いた。
「まずは上流メンバーで顔合わせして、チームメンバーの人選などを今月中に済ませ、プロジェクト自体は十月からスタートの予定なの。あとでこれまでの資料を共有するわ」
「承知しました」
前に進むのだ。加恵は気持ちを新たに仕事に取り組もうと思った。
その夜。仕事を終えた加恵は、いつものように美晴屋へ寄った。
シャッターが上がり、灯りが点いた店内には、何人もの客が順番を待っていた。加恵が中に入ると、ガラスケースの向こうでは、新がたった一人で接客に奮闘している。
「ねえ、新ちゃん。次、こっち」
「え? ちょっと、私の方がずっと待ってますけど?」
「兄ちゃん、かぼちゃの煮物も追加でお願い」
「はい。すみません。今、順番にお聞きしますんで──」
さすがの新もこれには困っているようだった。
「新さん」
加恵が脇から声をかける。
「あ、加恵さん」
「何か手伝いましょうか?」
加恵の言葉に新は一瞬だけ迷ったが、すぐに申し訳なさそうに肯いた。
「奥に入って、手を洗ってもらえませんか? お袋のエプロンがあるのでそれを」
加恵は肯くと、奥の調理場へ行って棚にバッグを置き、化粧ポーチに入れてあったバレッタでセミロングの髪を後ろにまとめた。それから棚に畳んで置いてあったエプロンを着けると、流しで丁寧に手を洗う。
「準備完了。どうしましょう?」
店舗に戻ると、新にお伺いを立てる。
新の指示通り、二人で手分けをして接客した。加恵が注文を聞いてメモし、新がそれを測って包み、加恵がレジをする、という流れができあがった。
「揚げ物はないのかい?」
「すみません。揚げ物はまだメニューには載せてなくて」
「ねえねえ。金時豆、やっぱりあと100g増やしてくれない?」
「はい。では、お会計追加でいただきますね」
段々、スムーズに対応ができるようになり、一時間もすると客足が落ち着いた。
午後八時の閉店時刻になり、漸く二人は一息ついた。新がシャッターを半分降ろす。
「加恵さん、助かったよ」
「こんなこと言ったら叱られるかもしれないけれど、お店屋さんごっこみたいで面白かったわ」
新の言葉に加恵は笑顔で答えた。
「週の初めから疲れただろ。ガラスケースのものは残りものでもう明日は出せないんだ。好きなのを好きなだけ持って帰って」
「いいの? じゃあ遠慮なく」
と言っても、ガラスケースに並べられたステンレスの大きな角バットの中味はあらかた売り切れていた。残りの中から加恵はブリ照りと煮卵、それに金時豆の甘煮をリクエストした。
新がそれらを包んでくれるのを加恵は黙って見ていた。
細く長い指、綺麗に切りそろえられた爪。繊細な仕事をする料理人らしい手だと思った。
「じゃあこれ」
渡された包みを持っていたエコバックに入れ、エプロンを畳んで返すと、加恵は店を出た。
「本当に助かりました。ありがとう」
「こちらこそ。またご馳走になっちゃったわ。ありがとう」
加恵は笑顔で答え、家路に着いた。
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