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19. 優しい味
新プロジェクトの話はまだ資料を読む程度で、加恵の仕事もそんなに立て込んいなかった。
加恵は翌日の昼休みに新にメッセージを送り、今夜も手伝いが必要かどうかを聞いてみた。あれが今日も続くなら、新一人では大変だろうと心配したのだ。
すると新から申し訳なさそうに、木曜日には女将さんが一旦戻って来るので、それまで助けてもらえないかという返事が届いた。
近所の幼馴染みなど、手伝いができる人を当たったが、見つからなかったらしい。
加恵は女将さんが帰るまで、つまり今日と明日の二日間、仕事帰りに手伝いをすることを引き受けた。
美晴屋が再開したという噂を聞きつけて、常連客が夕方お惣菜を求めてやって来て、店は繁盛していた。
加恵が注文を取り、新が計って包み、加恵が会計をすると言う流れができていたので、店は上手く回った。
急な注文の変更や追加も、加恵の方が気が利いてすぐに対応できた。
「あら、加恵ちゃん、美晴屋さんのお嫁さんになったのかい?」
すっかり顔なじみになっていた久江が買い物に来て、そんなことを言う。
「久江ばあちゃん、違うよ! 手伝ってくれてるだけ!」
慌てて新が訂正する。
「そうかい。でも、八重さんが嫁いできた時みたいなんだけどねえ」
そんなことを言いながら、久江は自分と息子の晩御飯のおかずを買って帰っていった。
「ごめん」
新が加恵に謝る。
「いいの。それより、これを女将さんは一人でこなしてたなんて、すごいよね」
こう素直に謝られるのも複雑なものだが、そういうところも新らしいと加恵は内心可笑しかった。
水曜日、店を閉めた帰り際、加恵は新から、「これ、試作品なんだ。夕飯に食べてみて」とロールキャベツの包みを を渡された。
「何度か作ってみて、やっと売り物にできる感じになったんだ。タレは味噌とマヨネーズ、それにすりごまを合わせてみた」
「すりごまね! それは合いそう。今夜いただくわね」
加恵は喜んで受け取った。
帰宅して食べたそれは、母の味とは一味違い、プロが作っただけあって工夫が凝らされていた。
キャベツの中は、鶏と豚のひき肉に人参、椎茸、それに豆腐が入っているようで、母の作ったものよりもふわふわして食べやすい。お年寄りにもいいかもしれない。
加恵の亡くなった祖母は、ハンバーグなどひき肉を使った料理を、「もさもさしてる」と余り好まなかったが、これならきっと喜んで食べただろう。
人参や椎茸はみじん切りにしてあるので、野菜が苦手な子供でも気にならずに食べられそうだ。
味噌も多分、白味噌を混ぜてるのだろう。まろやかな味がした。
タレはすりごまが濃厚さを増していて、ぼんやりした味にならないよう引き締めていた。
「これはすぐにでも売りに出すべき!」
加恵はその場で詳しい感想を新に送った。
新からもすぐに返事が来て、「ありがとう! 自信になった。早速、親父の審査を受けるよ」と書いてあった。
新の作るものはどれも優しい味がする──。新のメッセージを見ながら加恵は思う。
それは味が曖昧というのではない。心がこもっているからか、食べてほっとしたり、幸せになれる味だった。
きっとこれなら旦那さんもOKを出すだろう──。そう加恵は思った。
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