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2. 美晴屋
「さて、これでよし」
女将さんは綺麗になったお堂を満足そうに眺めて言った。
じゃあまたね、と帰ろうとする女将さんに、「お店に寄っていいですか? お腹空いちゃった。お参りしたらうかがいます」と加恵は声をかけた。
美晴屋の方からいい匂いがしていた。
「あら、嬉しい。どうぞどうぞ」
女将さんはにっこり笑うと、空になった手桶を持って店に戻っていった。
(お地蔵様は子供を守ってくれるんだよ。だからお地蔵様を見たらお参りしなさい)
昔、亡き祖母に言われたことを思い出した。
地方育ちの加恵の実家は、歩いてすぐの所のお寺にお墓があった。
両親が共働きだった加恵の家庭では、同居する祖母が小さな加恵の世話をしてくれていた。
おばあちゃん子だった加恵は、よく祖母に手を引かれてお墓参りに行ったものだ。
祖母はお墓のほかに、必ずお寺の境内に並ぶお地蔵様にもお花と線香を供えていた。
あの頃、加恵は何を祈ったのだろう? 思い出そうとしても、幼い頃のことで忘れてしまった──。
加恵は泡子地蔵を見上げると手を合わせた。そして、ただ『ごめんなさい』と心で呟いた。
お参りを終えて尋ねた美晴屋の店舗は、ガラスケースの前に三、四人も立てばいっぱいになる狭い店だった。
ガラスケースの向こうにさっきの女将さんがエプロンをつけて立ち、その奥は調理場になっていて、白髪頭で恰幅がいい男性と髪を短く刈った精悍な顔立ちの若い男が黙々と調理していた。
女将さんの夫と、もう一人は誰だろう? 従業員だろうか?
色とりどりの和風のお惣菜とお握りや炊き込みご飯が、ケースの中に並んでいた。
どれも美味しそうで迷ったが、しらすと紫蘇のお握りと蒟蒻と豚肉の甘辛煮を買ってみた。どちらも亡き祖母がよく作ってくれたものだ。
「これからどうぞ、ご贔屓に」
女将さんの明るい声に送られて店を出ると、今まではただ仕事に通うためだけに住んでいたモノクロの町に、暖かい色合いがついたような気がした。
一人暮らしの1LDKのマンションに戻り、買ってきたお惣菜を器に移して食べてみた。
思った通り優しい味わいで、かつて食べた祖母の味を思い出した。
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