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24. 大事なこと
「別に、謝ってもらうことではないわ」
加恵は慌てて答えた。
自分は新の何者でもないのだから、謝られる筋合いはない。
「お袋が余計なこと喋ったと聞いて、あとで焦った」
加恵の言葉を無視するように、新は続けた。
女将さんが加恵に、高祥真由について話したことを言ってるのだろう。
「お袋は、加恵さんが誤解しないようにって焦って、いろいろ言っちゃったって謝ってたけどさ」
「でも、私には関係のないことだから」
加恵はそう頑なに言った。
その言葉に新は一瞬怯んだような顔を見せたが、それでも淡々と続けた。
「うん。そうかもしれない。でも、俺にとっては大事なことなんだ」
加恵に誤解されないようにすることが新にとって大事なこと──、そう言われて加恵はどう答えたらいいのかわからなかった。
それから新は自分と高祥真由のことを話し始めた。
「俺、二十歳で学校を卒業して、高祥で修業を始めたんだ。その頃、お嬢さん、いや真由さんは中学生だった」
真由は親方にとって遅くに授かったたった一人の子で、とても可愛がられていた。時間があれば店に顔を出すので、若い弟子達にとっては妹のような、マスコットのような存在だったのだという。
「親方はいつからか、俺を真由さんの婿にして店の跡をと思ってくれていたらしいんだけれど、でも俺には美晴屋を継ぐという夢があった」
「でも、美晴屋を継ぐというのと、お嬢さんをお嫁さんにもらうというのを別に考えることもできるわよね」
加恵は思わず言ってしまった。
越えなければならないハードルはあるが、二人に想いがあれば叶わないことではないだろう。
だからこそ、真由は新に会いに来たんだろう。新が店を辞めても、諦めきれずに美晴屋まで追ってきたのではないか。
「いや、俺はお嬢さんをそういう風には見られないよ。だって、制服姿の中学生の頃から知ってるんだよ。お嬢さんはいくつになっても親方の娘で、妹みたいな存在でしかないんだ」
新は答えた。
「彼女にはそう言ったの?」
「うん。ちゃんと言うのが、彼女のためだと思うから」
新はきっぱり言った。
そういうところが新らしい、そう加恵は思った。
「そういうことだから」
新はそう言うと、話を終わりにした。
まるでそれが合図のように、最初の料理が運ばれてきた。
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