25. BRASSERIE ICHIJO

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25. BRASSERIE ICHIJO

BRASSERIE ICHIJO 〜本日のランチ〜 ・季節の冷製オードブル   旬のお造りのマリナードと京野菜のサラダ 鰹出汁のドレッシング   ・シェフのスペシャリテのスープ   聖護院蕪とラ・フランスの冷製スープ ・お魚又はお肉   イサキのポワレ 山椒とクリームソース 京野菜を添えて   又は   鹿肉のロースト 無花果ソース 根菜を添えて ・季節のデザート   抹茶のテリーヌと和梨のグラニテ    ・食後のお飲み物(お好きなものをお選びください)  コーヒー  紅茶  ほうじ茶  メインは新が肉、加恵が魚を頼み、「お行儀が悪いんだけれど」と取り皿をもらって少しずつ交換させてもらった。  和の素材がふんだんに使われた料理で、スープには昆布の出汁が使われていると新が教えてくれた。  お箸で食べられるのも特徴的だった。  ひとつひとつの料理を食べながら、それぞれが感想を言い合った。特に、新のプロの立場からの解説はどれも面白かったし勉強にもなった。  デザートとコーヒーが来たところで、キッチンの方から一人の男性が出てきた。 「新、ようこそ我が『BRASSERIE ICHIJO』へ」  雑誌で見た市条朋樹その人だった。  料理をしていたわけではないようで、黒いリネンのシャツに同じく黒い細身のボトムスを履いていた。 「えっ、なんで? 先輩、今日はここにはいないって言ってましたよね?」  ほかの客が、「あ、市条シェフだよ、あの人」とか、「市条朋樹本人だよ」と噂する中、新が驚いて立ち上がった。  加恵も立って会釈する。 「だってさ、新が二人席用意してくれって頼んでくるから、ははん、こりゃデートだなって気になるじゃないか」  市条はにこにこ笑って答える。 「新の意中の女性には、兄貴分として挨拶しないとね」  今日は他店にいる予定が、わざわざランチの時間だけ、この店にやって来たという。 「こちらは友人の八木橋加恵さんです。この人、俺の先輩の修業時代の大先輩の市条朋樹さん」  新がにやにやする市条に気付かぬ素振りで、“友人”を強調して加恵を紹介し、加恵にも市条を紹介する。 「今日は素敵な時間をありがとうございます。とても美味しくて、楽しませていただいています」と加恵が挨拶すると、市条はにっこり笑う。 「こちらこそ、来ていただいて光栄です。なるほど、素敵な方じゃないか」  市条は加恵に答えたあと、新を見てにやりと笑う。 「さて、デートの邪魔をしては野暮なんで退散します。どうぞゆっくりしていってください」  そう言うと、市条はほかのテーブルの客に挨拶をしながら、奥へ戻って行った。 「参ったなあ。びっくりさせてごめん」  二人が椅子に座り直すと、新が言った。 「いいえ。有名な市条シェフにお会いできて嬉しかったわ。奥の手っていうのはこれだったのね」  加恵はくすっと笑う。 「うん。先輩は高祥での兄弟子なんだ。といっても一緒に修業したのは短くて、俺が入ってしばらくしたら先輩はフランスに行っちゃったけどね。でも、それ以来可愛がってもらってて、一度フランスにも遊びに行かせてもらったことがある」  年齢は十歳近く違うが、弟のように面倒をみてもらったのだという。
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