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27. 再会
加恵、健吾、沙由美の三人共に、言葉が出てこない。
「八木橋さん、お久しぶりです」
最初に挨拶したのは、沙由美だった。
「どうも。お久しぶりです」
加恵は答えた。
健吾は黙ったまま肯いている。この状況に困っているのだ。
健吾はベージュのサマーニットに白のパンツ、沙由美はサーモンピンクのバルーン袖のブラウスに白いパンツを履いてた。
思えばこうやって沙由美と言葉を交わすのは、退勤後のカフェで不倫と妊娠を告白されて以来、初めてだった。
加恵は健吾とは別に、沙由美からも慰謝料を受け取っていたが、すべては代理人を通して行われた。
交渉した加恵の代理人は、恐らく沙由美の慰謝料も健吾が肩代わりしているだろうと言っていた。だからなのか、こちらの平均的な請求額に対して、健吾も沙由美もすんなり支払いに応じていた。
「お陰様で可愛い女の子が生まれました。顔を見てやってください」
沙由美はそう言うと、ベビーカーの日よけを上にやった。
ピンク色のベビー服を着た赤ちゃんがすやすや眠っていた。
「沙羅といいます」
沙由美は誇らしげに言った。
「おめでとうございます」
加恵はどちらにでもなく言った。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
沙由美と違い、健吾は気まずそうだった。
「あの、ところで、この町にはよくいらっしゃるの?」
気を取り直し、加恵は前回二人をショッピングモールで見かけた時から気になっていたことを尋ねた。
「品川にお住まいですよね」
「ああ、あのマンションは売りました。どなたかのお古の部屋で子供を育てるのは嫌でしたから」
沙由美の、棘のある言い方だった。
「沙由美、よさないか」
健吾が窘めた。
「再開発されたあのマンションに引っ越したんだ」
健吾が穏やかに説明し、少し下流へ行ったところに架かっている橋を渡るとすぐに見える、新しいマンションを指差した。前に二人を見かけたショッピングモールもその隣にある。
やはり二人はあのショッピングモールの隣のマンションに引っ越してきていた。加恵は自分の勘が当たっていたことを残念に思った。
「私の実家が近いので、子育てのヘルプが頼みやすいんです。健吾さんは忙しくて頼りになりませんから」
健吾の面目などお構いなしに、沙由美は強気で答えた。
「加恵さん」
その時、店のドアをフロアスタッフが開け、新と市条が出てきた。
「お知り合い?」
新が加恵の側に来て尋ねる。
その場の冷え切った雰囲気を新も市条も察したようだった。
「ええ。うん。まあ」
曖昧な加恵の言葉には紹介したくないという意志が込められていた。新はそれを感じたのか、それ以上は聞かない。
「お客さまはご予約いただいていますか?」
ドアを開けてくれたスタッフがありがたいことに空気を読まずに健吾達に尋ねてくれる。
「いや、散歩をしていて、もし席があればと……」
そう健吾が答えた。
その時、満面の笑みを浮かべた沙由美が前に進み出た。
「あの、失礼ですが、市条朋樹さんですね? いつもテレビなどで拝見しています」
沙由美の口調にはもう刺々しさはなく、少し媚を売るようなものに変わっていた。
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