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3. 離婚
加恵は一年前、突然夫から、職場の部下との間に子供ができたから別れてほしいと告げられた。
加恵は結婚した翌年に妊娠した子供を流産し、その流産手術時に大量出血して子宮を摘出しており、子供が望めない身体になっていた。
夫の裏切りにショックを受けながらも、夫に我が子を抱かせられない後ろめたさから、素直に離婚届にサインした。
流産から月日が経ち、表面は立ち直ったように見えていた。それぞれ責任ある仕事に励み、ゆとりある生活を楽しむ夫婦──。そんな風に見えてはいても、加恵は過去を引きずっていた。
そんな時にわかった夫の裏切りに、加恵の心は再び折れた。
妊娠がわかった時、加恵は夫と同じIT関係の会社に勤めていて仕事が面白い時期だった。妊娠を喜びながらも仕事をセーブしなかった。
無理をしたのが流産の原因ではないか?
もう少し自分が気を付けていたら、赤ちゃんは死ななかったのかも?
そう加恵は自分を責め続けた。
「母親になりたい。この手で我が子を抱きたい」
それは永遠に叶うことのない願いになった。
子供と子宮を失った後悔にとらわれて時が止まったままの加恵と、少しずつ前を向こうとしている夫の気持ちは、いつしかすれ違うようになっていた。
夫の浮気がなくても、いつか終わりは訪れたのかもしれないと、今の加恵には思えた。
離婚後も加恵は会社を辞めず、元夫と同じ会社に勤めていた。
それは仕事のやりがいのためでもあるが、それとは別に元夫とその再婚相手に対する意地があるからだと思う。
大きな会社で部門が違うのでまず会うことはない。それでも、自分は離婚などでは傷つかないと、平然と仕事をしている姿を見せつけたいと思った。失意に打ちひしがれている女だと思われるのは嫌だった。
それなのに、元夫の噂を聞くたびに虚しさが募っていくのも事実だ。
未練があるのではない。ただ、自分だけが前に踏み出せていないことを思い知らされるのだった。
美晴屋の女将さんと出会ってから、流産した日を赤ちゃんの月命日として泡子堂に通うようになった。
通勤に使う道は表通りから裏通りに変わっていた。
お参りの日や仕事で疲れて何もしたくない時は美晴屋に寄り、女将さんの手が空いていたらおしゃべりをしてお惣菜を買うのが習慣になった。
休みの日に通りかかり、女将さんが泡子堂の掃除をしていると、おしゃべりしながら手伝ったりもした。
そんな中で、お参りに来る理由を打ち明け、女将さんは加恵が流産して離婚したことを知っていた。ただ、子宮を失ったことだけはどうしても話せなかった。
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