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35. ハル
食事のあと、ソファに座って一緒にバラエティ番組を見た。番組というよりも、ハルの子供ながらの論評が面白くて、加恵はずっと笑っていたように思う。
気がつくとハルの体は加恵にくっついていて、無意識に加恵の膝の上に手が置かれていた。その温かさが心地よかった。
九時に始まったバラエティ番組が終わる頃、外廊下を歩く音が聞こえ、やがて隣のドアを開けるような音がした。
「あ、帰って来た!」
嬉しそうにソファから立ち上がったハルは、ランドセルを背負うと加恵の顔を見た。
「きっとお父さん、お礼言うって言うよ」
「いいわよ、お礼なんて。それより、早くお風呂入って寝なさいね」
夜十時なら、普通ならとっくに寝ているはずだろう。
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
ハルはランドセルを背負って、玄関を出て行った。
加恵は片付けをしてお風呂に入り、ベッドに横になった。ベッドルームはハルの部屋側にある。この壁の向こうにハルがいると思ったら、温かな気持ちになった。
それから加恵が仕事から早く帰ると、ハルが廊下で待っていることがあり、そういう時は加恵が夕飯をご馳走するようになった。
仕事で加恵が遅く帰るとハルの姿は見えないので、そんな時はどうしてるのかと気になったが、父親が遅番の日は500円玉を渡されてコンビニで夕飯を買うのだという。
育ち盛りの子供がそんな夕飯でいいのかと思うところもあり、一緒になれば栄養のあるものを食べさせた。
師走に入り、クリスマスソングが街中で聞かれるようになったある日、加恵はいつものように仕事帰りに泡子堂でお参りして美晴屋に寄った。
「最近、加恵さん楽しそうだね」
美晴屋でお惣菜を買うと、接客してくれた新に言われた。
「そう? なんかね、お隣の男の子と仲良くなって、可愛くて……」
今日は待ってるかな? なんて思うと、家に帰るのが楽しみになった。
「ところで、女将さんは?」
女将さんの姿が見えなかった。
「親父が明日退院するんだ。それでいろいろ支度があり今日は一日出かけてたから、休むように言った」
母親想いの新らしい。
「退院おめでとうございます。長くて大変だったわね。旦那さん、帰れて良かった」
加恵は心から喜んだ。
「加恵さんにはお世話になりました」
新も改まって礼を言い、顔を見合わせて二人で笑った。
お惣菜を買ってマンションに帰ると案の定、ハルが加恵の部屋の前で待っていて、加恵の姿に目を輝かせた。
「おかえり!」
「ふふ、ただいま。ご飯一緒に食べようね」
美晴屋の惣菜が入ったエコバッグを掲げて見せて、加恵は鍵を開けハルを部屋に入れた。
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