37. クリスマス

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37. クリスマス

 ところが──。  クリスマスの週の始め、プロジェクトの進捗に支障を来たすトラブルが発生してしまった。毎晩帰りが遅くなり、終電が過ぎてタクシーで帰ることもあるほどだった。  それでも二十三日には問題はなんとかクリアして、クリスマスイブには「今日は久しぶりに家でゆっくりして」とメンバーを労って早く帰した。  そのあと加恵自身も急いで退社した。  地元の駅に着くと、まず予約をしていたケーキを受け取る。  そして最後の頼みは美晴屋だった。 「こんばんは!」  加恵が閉店間際の店に飛び込むと、新が店番をしていた。 「加恵さん。どうしたの?」 「実は……」  加恵は隣の子とクリスマスの約束をしているのに、準備ができていないことを話した。  美晴屋でもクリスマスということで、特別にチキンレッグを和風に味付けた甘辛焼きを用意していたらしいが、すべて売り切れたという。和のお惣菜以外では、ポテトサラダが辛うじて残っているだけだった。 「わかった。もし良かったら、冷蔵庫に明日の鶏もも肉があるから、俺が唐揚げにして届けてやるよ。それと、ポテトサラダはここにあるし、どうかな?」 「ありがとう! すごく助かります。私は家に戻ってオムライスとスープを用意するわ。ホント助かります」  加恵は新に部屋番号を伝えると、急いで家へ戻った。  ハルと約束していた時刻には、加恵の準備は終わっていた。あとは、新が揚げたての唐揚げとポテトサラダを届けてくれたら完成だ。  インターホンが鳴り、出るとハルが立っていた。 「こんばんは!」 「入って。お腹空いたよね」  加恵はハルを中へ通した。  そして、正直に仕事が遅くて、半分は外注になったことを打ち明けた。 「美晴屋さん? ロールキャベツ美味しかったもんね! 僕大好きだからいいよ! それに、あの店、いっつも美味しい匂いがするんだよ」  きっと登下校で店の前を通るのだろう。ハルは目を輝かせて喜んだ。  その時またインターホンが鳴った。  ダウンジャケットを着た新が、揚げたてのチキンとポテトサラダの包みを持って立っていた。 「わあ! いい匂い」  加恵と一緒に玄関に迎えに出たハルは嬉しそうに叫ぶ。 「美晴屋さんの料理好きだからって喜んでたの」   加恵が説明する。 「それは嬉しいな。ではどうぞ」  包みをハルに渡して新が帰ろうとすると、「あ、あの」とハルが呼び止める。 「ねえ、おじさんも食べようよ」   「えっ?」  加恵も新も驚く。 「だって皆で食べた方が美味しいでしょ?」  ハルの言葉に、加恵が肯いた。 「そうよね。新さん、もし良かったら一緒に食べてくれませんか?」 「えっ? いいのかな。じゃあ、遠慮なく」  新は嬉しそうに肯いた。  三人でのクリスマス会は楽しいものだった。  ハルがよく喋るので、加恵と新が気まずい雰囲気になることはなかった。  新の唐揚げはハルに大好評で、「こんな美味しいもの食べられるなら、毎日クリスマスがいいなあ」なんて言っている。  加恵のオムライスは、「私はほかのお料理でお腹いっぱいだから」とハルと新に出した。ハルはもりもり食べ、新も「昔、お袋に作ってもらった味に似てる」と喜んで食べてくれた。 「二人は恋人なの?」  ハルは子供らしい無邪気さで、加恵や新にそう聞いて困らせることもあったが、「友達だよ」と新が笑って答えた。  クリスマスソングを歌い、ホールケーキのキャンドルをハルが吹き消して、加恵がケーキを切り分けた。  それぞれのケーキを小皿に移しながら、こういうのが家族と過ごす幸せなのかと加恵は思った。  自分が得られなかったもの、それを疑似体験してしまったことで、あとで寂しく思うのかもしれない。しかし、今はその幸せを嚙みしめていたかった──。  
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