38. 孤独

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38. 孤独

 年が明け、プロジェクトは山場を迎えていた。各チームリーダーからの報告で途中途中で進捗状況を確認するが、スケジュール通りに進んでいた。  仕事で遅くなる日は相変わらず多かったが、それでも早く帰れる日はハルが待っていて一緒にご飯を食べた。   立春も過ぎたある晩。  美晴屋に寄ろうとした加恵は、少し離れた場所で足が止まる。  暗い商店街の通りからは、美晴屋の明るい店内が見えていた。その店内のガラスケースの奥に立って、緊張した顔で接客している若い女性がいた。  可愛いピンク色のエプロンを着けて、頭にはエプロンと同じピンク色の三角巾を付けている。  新が修業していた料亭の一人娘、高祥真由だった。  女将さんはきっと旦那さんの世話をしているのだろう。代わりに店に立った真由は慣れない手つきで料理を計ったり、包んだりしている。時々困って調理場を振り向くと、新が急いで出てきて真由に丁寧に教えていた。  一生懸命な真由を見守る新。お似合いの若夫婦のようだった。  加恵は居たたまれなくなり、店には寄らずに気付かれないよう急いでその場をあとにした。  なんでこんなに動揺しているのだろうかと、歩きながら加恵は思った。  新が自分に一度は告白してくれたからと言って、その想いをずっと持ち続けてくれているとは限らない。それはわかっていた。  またそれと同じように、一度は断った真由のことを、思い直すことだってあるだろう。  無性に悲しくなる自分に戸惑い、加恵は歩みを急いだ。  マンションの外廊下に、ハルはいなかった──。    その時、自分が孤独であるということを、加恵はまざまざと感じた。  加恵はそれからさらに仕事に没頭した。  高祥真由がいる美晴屋には、もう行けなかった。  三月に入ったある土曜日、仕事が休みの加恵は近所のドラッグストアに日用品を買いに行き、マンションに戻ってきた。  エレベーターを三階で降りると、一番奥のハルの部屋から三人の男女が出てくるところに出くわした。  一人に見覚えがあった。  加恵が入居する時に世話になった、不動産会社の担当の高橋(たかはし)だ。 「建物は古いですが、メンテナンスもしっかりしています。最近は周辺に若い人向けの店が増えてきて、新婚さんにおすすめですよ。ぜひご検討ください」    高橋が若い男女に言うと、彼らは近所を見てみると言って先に帰って行った。部屋の内見のようだ。 (え? でもそこはハルの家じゃ……?)  不思議だった。
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