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5. 久江ばあちゃん
「私が持っていきます。もう家に帰るだけですから」
加恵がきっぱり言うと、「すみません」と新は肯いた。
ちょうどそこに女将さんが出てきたので、新は「母さん、久江ばあちゃんを送ってくる」と告げて歩き出した。
「まあ、お嬢ちゃんにまで迷惑かけて、申し訳ないねえ」
お嬢ちゃんと呼ばれる年齢でもないが、久江はそう言って横を歩く加恵に謝ってくれる。
「いいんですよ。気にしないでくださいね」
家に向かう間、久江はこの公園の木が昔はどうだったとか、商店街の店の評判がどうのとか、いろいろなことを喋っていた。背負われている分には痛みはないようで、それは安心だった。
止まらないお喋りに相槌を打ちながら五分程歩くと、一軒家が並んだ路地に差し掛かり、新はそこに入っていった。
久江の家を知っているようだ。
「久江ばあちゃんは、俺の死んだばあちゃんと幼馴染みでね、俺が子供の頃、友達とこの路地で遊んでると、よくアイスキャンディーをくれたんだ」
新が懐かしそうな顔で加恵に話す。
「そんなこともあったわねえ。そういや、博志ちゃんと寛ちゃんは元気かねえ?」
「ああ、同級生の博志と寛太ね。博志は今、大阪勤務でお盆には彼女連れて帰って来るって言ってたよ。寛太は嫁さんの実家の長野で旅館を継いでるよ」
新は久江と会話しながらも、部外者の加恵にもわかるように話してくれているのがわかった。
やがて路地の一番奥、田村と書かれた表札の一軒家の前に立つと、新がインターホンを押す。するとすぐに五十代の作業着姿の男性が出てきた。久江の息子で、仕事から帰ったばかりのようだった。
新が状況を説明すると、「そうか、新ちゃんには迷惑をかけたな。なあにうちのばあさん、骨だけは丈夫っていつもお医者さんに言われてるから大したことはないだろう。でももし痛がるようなら明日、金子さんに連れて行くさ」と約束した。
それから加恵を見て、「そちらのお嬢さんも、どうもありがとね」と、礼を言ってくれた。
老女を送り届けた二人は、美晴屋に戻った。
「ふふ、おばさんなのに、お嬢さんって二回も言われちゃった」
加恵が思い出して笑う。
しばらくの沈黙のあとで、新が言った。
「いや、加恵さんはおばさんじゃないよ。お嬢さんでしょ」
「あ、ありがとう」
思いのほか真面目に否定されて加恵は頬を赤らめ、それからは会話もなく店に戻った。
「お疲れ様。加恵ちゃん、お惣菜、適当に入れておいたから、食べてね」
店に入ると女将さんがそう言って、用意していたお惣菜の袋を手渡してくれる。
「ありがとうございます。お代を」
そう言うと、ちょうど調理場の方から出てきた旦那さんが、「店のお客さんのことで手伝ってもらったんだから、気持ちだと思って食べてよ」と言ってくれた。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えます」
加恵はありがたく頂戴することにした。
「それじゃあ、また」
加恵が暇を告げると、「ありがとう。加恵さん」と言って、新が店の外まで見送ってくれた。
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