215人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
6. 別れた夫
久江を二人で送った日から、加恵と新の距離は少し縮まった気がした。
女将さんが留守で新が接客している時に行くと、「加恵さん、試作品のアボカドの白和え入れておいたから食べてみて」などと言ってサービスしてくれる。
「ありがとう。アボカドで白和え? 美味しそうね」
加恵が嬉しそうに言うと、新は背後の父を意識してか小声で言う。
「クリームチーズも入ってて、俺は旨いと思うんだ。でも親父には、こんなの店に出して、買う客がいるかって却下された」
そう言って、新は苦笑いしていた。
そんな他愛もないことだったが、少しずつ二人の会話は増えていった。
加恵の住む町に戦前からあった工場が移転して、その跡地がしばらくそのままになっていたのが再開発され、大きなマンションとショッピングモールに生まれ変わった。
『○○区最後の再開発』
『下町のオアシス』
『スカイツリーとリバーサイドビューを楽しむ大規模レジデンス』
そんな宣伝を盛んにしていて、マンションは即日完売、ショッピングモールもオープン当初はテレビや雑誌に取り上げられとても混雑している様子だった。
加恵のマンションからは歩いて行けるので、ある休みの日、川沿いをウォーキングがてら出かけてみた。
オープンからひと月経ってはいたが、やはりまだ混んでいるようで、お昼前には駐車場待ちをする車で周辺は渋滞になっていた。
メインエントランスから中へ入ると、店内はファミリー層や若者で混んでいた。七月も後半になり、夏休みに入った子供達のためにあちこちで子供向けのイベントが開かれていて、それで人が多いのだろう。
その人いきれに耐えられそうになかったので、加恵は必要なものだけ買ったら帰ろうと思った。
人の波に従い、お目当てだった日本初出店というフランスの自然派化粧品の店に向かっていると、向こうからの人の流れの中にベビーカーを押した夫婦がいるのに気付いた。
(あっ……)
加恵は一瞬呆然とするが、はっとして人の流れから抜け出し、咄嗟に大きな観葉植物の脇に立って流れに背を向けた。動揺を抑えてスマホをいじっているふりをする。
別れた夫の前園健吾と、その再婚相手だった。
最初のコメントを投稿しよう!