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8. 裏切り
退勤した加恵を沙由美が待ち伏せていた。
「奥様にお話があります」
思い詰めた様子に、何かを感じた加恵は近くのカフェに誘った。
そこで加恵は沙由美に、夫の子供を妊娠していることを告げられた。
「課長は奥様を見捨てられないと言って、悩んでいるんです。でも、お願いです。子供のために別れてください」
茫然としたまま、加恵はカフェを出た。まさかそんなことになっているとは、まったく思っていなかった。煮え切らない態度の健吾に痺れを切らした沙由美が、加恵に突撃してきたのだった。
加恵に話したと沙由美から聞いた健吾は、真っ青な顔で帰宅した。
「すまない。子供を堕ろせとは言えない。認知して養育費を払うということも考えたが、それでは育てられないと彼女は言う。やはり子供には二親が揃っていた方がいいと思うんだ。それに……」
健吾は言いにくそうに声を絞り出した。
「俺も、我が子の成長を側で見てみたいと思った」
その言葉に加恵は目を瞑った。
「わかった。わかったから、もう何も言わないで。一人にして。彼女の所でもどこでもいいから、出て行って」
加恵が感情の入ってない声で言うと、健吾は何も言わず部屋を出て行った。
その後、二人共通の、信頼できる先輩夫婦が間に入って話し合った。そこでいろいろなことがわかった。
沙由美から仕事の相談をされるうちに深い仲になっていた。最近増えていた休日ゴルフの半分は嘘で、沙由美と会っていたこともわかった。お互いプロジェクトを抱えていると、帰りが遅いのは仕方がないことで気にもしていなかったが、平日の夜も二人で会っていたこともわかった。
加恵は裏切りに呆然とした。
「仕事はやりがいがある。結婚生活も穏やかで幸せだ。でも、本当にそれでいいのかと迷う自分もいた。まだまだ小さくまとまる年齢ではないぞって。そんな時、沙由美にアプローチされて、まだ俺もいけるのではと気力が漲る気がした」
そう健吾は語った。
若い沙由美に崇拝に似た想いを抱かれて、いい気分になってしまったんだろうと、あとで先輩は言っていた。
それだけだろうか? そう加恵は思った。
穏やかだけれど、子供も持てず、ただ年齢を重ねていくだけの二人きりの夫婦生活。このままで本当にいいのだろうかと迷いが出たんじゃないだろうか……。
しかしそれを聞いて肯定されたら、立ち直れない。加恵は黙って、離婚届にサインした。
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