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「は? 待て待て、外は雨だぞ?」
「んなの関係ねぇ、こうしてこうだ」
俺が止めると、まだ乾いていない学ランの上着を頭に巻いて、徹は目だけが外に出るような格好になった。
「いやいや、怪しいから」
「てちゅ、おばけ!」
お子様用のスプーンで徹のことを指した直は急に椅子の上で立ち上がった。
「危ない!」
ぐらりと揺れる椅子、我が子が宙を舞う。
「誰が化けもんだ?」
自分も手を伸ばしていたが、気付くと徹が直を抱き留めていた。一瞬、スプーンが床を跳ねる音だけが部屋に響いた。
「徹、ありがとう」
妻を亡くして、息子まで亡くしたら俺はきっと堪えられない。
「あのさ、そんなに急いで出て行かなくて良いから、今日泊まってけば? お前が嫌じゃなければだけど」
徹の腕から自分の腕に直の身体を移しながら言った。「もっと警戒心を持て」だとか「初めて会った奴に何を言っているんだ?」とか、心の中ではおかしなことを自分がしていることは分かっている。だが、心のどこかですべてを諦めている自分が居る。
「お……」
声を洩らしたのは俺だった。風呂が沸いたと湯沸かし器が軽快なリズムで鳴いたのだ。
「てちゅ! いく!」
「俺、まだ何も言ってな……」
音に反応するようにくせっ毛の我が子が徹の手を引いて風呂場の方に歩いて行く。
「徹、下着、これで良いか?」
未開封の赤いボクサーパンツを持って風呂場に行くと直は既に裸になっていた。
「なんでも良いけど、どうすりゃ良いんだ?」
徹は困った顔で脱衣場を見回している。
「服脱いで」
「それは分かる」
「直を先に洗って、外に出してから自分が身体洗ったりとか……」
「大変だな」
「あー、すまない。今日知り合った年下の奴に任せることじゃないよな?」
他人に我が子の世話を任せるのは怖かったが、少しだけ甘えが出てしまった。我が子の存在が消えるのは怖いが、一人でその存在をずっと見ていなければならないことに疲れを感じていたのだ。
「分かった」
「は?」
俺の聞き間違いかと思った。だが、そうではなかったらしい。
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