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◆ ◆ ◆
「てちゅ!」
夕方、雨の中、直を連れて家に帰ると玄関の扉の横に徹が座っていた。
「傘、返しに来た」
俺と直に気付くと徹はこちらに水の滴る紺色の傘を差し出した。
「まだ使うだろ?」
「使う」
傘を受け取らずに部屋のカギを開けると徹が立ち上がった。
「考えた」
「何を?」
「あんたが良ければ、毎日返しに来る」
「それって、雨が上がったら……」
梅雨が終わったら、傘を返しにくるっていう理由が無くなってしまうってことだよな?
そう考えて少し寂しく思ってしまった。だから、最後まで言えなかった。
たかだか一日会っただけの男子高校生にこんな感情を抱くなんて、俺は歪んでいるのかもしれない。
「考えたんだ、駄目か?」
真面目な顔で徹が首を傾げる。ずっと考えていたから反応が鈍かったのかと気が付いた。
それに、理由を欲しがっているのは徹のほうなんだと思った。
俺と直に会う理由を必死に考えて……。
「駄目じゃない。な? 直」
「うん! てちゅだっこ!」
「誰が駄々っ子だ?」
「違う、抱っこだ」
「……!」
俺の言葉にハッとして徹が直を抱き上げる。嬉しそうに笑う我が子。
雨が上がったら、今度は別の理由を考えればいい。
徹が俺のこの気持ちを甘えだと言わないでいてくれるなら。
互いの拠り所になれるなら。
でもいまは、雨が上がった心で、ずっと雨が止まなければ良いのに、と願ってしまった――。
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