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屋上から地面に叩き落ちる瞬間
まるで深い海の底に沈んでゆくような
奇妙な感覚に包まれ
私は深海の底のような砂地に
ふんわり柔らかく着地した
辺りは薄暗く 遥か上の方に
ゆらゆら揺らめく微かな光がある
足元にはどこまでも砂が広がり
ところどころに波形があるばかり
私は戸惑いながらも歩き始めていた
立ち止まると砂に引き込まれそうで
じっとしていられなかったのだ
どれだけ歩いただろう
時間も距離も分からない海底では
ただ無意な疲れが溜まるだけ
何でも良い
寝ている間に砂地に引き込まれない
手がかりはないのかと
狂ったように彷徨い続け
とうとう力が尽き果てたかと思った
その時
少し離れた場所で黒っぽい何かが
蠢いてるのを見つけた
それに近づくのは恐怖でしかなかったが
この海底で初めて発見した
唯一無二の存在である
私は恐る恐る 一歩一歩
その蠢く何かに近寄って行った
3メートルほどまで接近した時
『どうしてこんな場所にいる?
死んだ日の朝からの記憶をたどれ!
言葉にしなくても俺が読み取る』
という不思議な男の声が頭の中に
穏やかに聞こえた
イラストby牡丹
私は今朝からの辛い記憶を
ゆっくりたどった
『そうか それじゃここへ来るはずだ
ルイはフランスの諜報機関DGSEの
トップメンバーで
他の諜報員にさえ知られていない
特殊能力を持つ諜報員だ
彼は全世界を周回しつつ さらに
この幽境にもたびたび
訪れ 俺に力を貸してくれる
人智を超えた超能力者である
さあ 時間がない
おまえの故郷に飛ぼう』
そう言って
私の目の前に立ちはだかったのは
真っ黒な髑髏のように痩せた男
痩せて肋骨や股関節さえ
骨が剥き出しになっていて
手足の指は鶏の足のように細く
肩 肘 膝の関節も
ほぼ骨格そのままの形状である
にもかかわらず
真っ白い瞳に黒目がちな眼差しは
厳かでありつつ 涼しげで
どこか慈愛に満ちた大仏様のような
叡智が感じられた
彼は私の前で背中を向けてひざまづき
『さあ早く!俺の背中に捕まれ』
と 強い口調で私を促した
私は何を考える余裕もなく
男の背中にしがみついた
彼は私をしっかりおんぶすると
超高速で海面まで泳ぎ
そのまま空中へと飛び立って
美しい銀河の下を横切って
あっという間に私の家の中に
私だけを残し
『おまえは当分 家から出るな
家族と一緒にいろ』
と言い残し 煙のように消えた
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