生涯、ただ一人

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生涯、ただ一人

「その手を取る前に、ひとつだけ教えて? カイルさんが私に忠誠を誓うのは……桜さんがもう、ここにはいないから? 他に仕える人が見当たらないから、とりあえず私にとか、そういう――」 「違います!」  最後まで言い終えないうちに、カイルさんの声が飛んだ。 「カイル、さん……?」  声の大きさにびっくりして、思わず片足を後ろに引いたとたん、木の根元にかかとが当たり、私はバランスを崩して倒れそうになり―― 「危ないっ!」  すんでのところで、カイルさんに抱き留められた。 「――っご、ごめんカイルさん。……あ、あの……ありが、と――」  今までそれほど気にならなかったけど、カイルさんは王子より、少しだけ背が低い。  そのせいか、王子に抱き締められた時よりも、顔が近くに感じられて……妙にドキドキしてしまった。 「……いえ。この辺りは足場が悪いですから、お気を付けください。……失礼致しました」  そう言って、また元の姿勢に戻ると、続きを語り出す。 「姫様が私の忠誠を疑うのも、無理のないことだと思います。……ですが、これだけは信じてください。私はあのお方の護衛でしたし、お守りしたいと心より思っておりましたが……あのお方に対して、忠誠を誓っていた訳ではございません」 「えっ!……そうなの?」 「はい。姫様がいらした世界ではどうだったのかは存じませんが……この世界では、騎士が忠誠を誓う主君は、ただ一人に限られます。主君が命を落としてしまったり、主君に見限られた場合は別ですが、基本は生涯一人のみです」  ……いや。  私がいた世界――ってか国では、そもそも『騎士』自体が存在してなかったんだけど……。  『騎士』がいたのは昔の外国で、日本にいたのは『武士』だもんね。  でも、こんな話をしたってカイルさんを混乱させるだけだろうし……話の腰を折っちゃうことになるから、ここは黙っとこうっと。
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