『帰らないで』が言えなくて

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「……あ。ごっ、ごごごごめんなさいっ!」  私は慌てて左手を引っ込めた。 「ほ、ホントにごめんなさいっ! あのっ、私、つい……。その……必死で……。い、痛かった……ですか?」  恐る恐る訊ねると、王子は意外にもにっこり笑って。 「いいや、全然」  ホッとして表情を緩めたのも束の間。 「心の方は、かなり傷んだけれどね。まさか、ああも激しく拒否されるとは……さすがに思っていなかったものだから」  微笑んだまま、チクリと一突き。  ……うぅぅ……。  だって、いつも以上に危険信号が出てて……。  一瞬、すごく怖かったんだもん。怖かったんだもんーーーっ! 「ああ、そんな顔しないで。今のは確実に私が悪い。リアが気にすることはないよ。……ただ、君はあまりにも無垢(むく)過ぎるから……。もう少し、男というものに警戒心を持って欲しかったんだ。そうでなければ……気掛かりで、国に戻れなくなるからね」 「……え? 王子……自分の国に戻るんですか?」 「……明日ね」 「えっ、明日ッ!?」  ……明日って……そんな急に?  王子が帰国するという事実は、想像以上に私の心にダメージを与えた。  ……自分でも、意外に思えるほどに。 「リア……。私がいなくなると、寂しい?」 「――っ!」  心を読まれたみたいで、ドキッとした。  でも、そのまま認めるのも恥ずかしかったから、『寂しくなんかありません』って、言おうと思った。  言おうと思った、けど……。  ……ダメ。やっぱり言えない。  言えないよ……。 「寂しい……です」  それだけ言うのが、精一杯だった。  それ以上何か言ったら……泣き出してしまいそうだったから。 「……ありがとう」  王子は優しい声でお礼を言うと、掴んでいる私の右手を顔の方に引き寄せ、そっと唇を押し当てた。  いつもみたいに、私が大騒ぎしないのを不思議に思ったのか、 「……これは(こば)まないんだね?」  様子を窺うように、少しだけからかいを含んだ声で訊ねる。  だから、言わせないでってば。  言った瞬間、どうなっちゃうか自信ないんだから……。
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