キスまでの距離

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『いい加減、離れてください』  ――そう言おうとしたけど、言えなかった。  だって、どう考えてもいつもの王子じゃない。  いつもなら、この辺でくすくす笑って……『君は本当に可愛いね』とか何とか、歯の浮くようなことを言って……余裕たっぷりで私を(けむ)に巻くのに……。  王子の瞳は、目をつむる前と同じで……。  胸がキュッとなるくらい、寂しそうに濡れていた。  ――泣いてるワケじゃない。  涙を流してるワケじゃ、ないんだけど……。 「王……子……?」  思わず手を伸ばし、そっと彼の頬に触れる。  ……どーしてなのかな?  今にも壊れちゃいそうな繊細さを、この人に感じるなんて……。 「……リア」  王子は泣き笑いのような顔を浮かべ、頬に置かれた私の手を、片手で優しく包み込んだ。そして、少しだけ顔をずらし、掌に唇を押し当てる。  私の頬が、かあっと熱くなった瞬間。  王子は一歩下がって、少しだけ私と距離を置いた。  その時にはもう、いつもの王子の顔に戻っていて……。  戸惑って見上げる私と目が合うと、胸に染み入るような、柔らかく、澄んだ笑みを浮かべた。 「――さて。(たわむ)れはこのくらいにしておいて、セバスを迎えに行ってやらなければな。……待ちくたびれているだろうしね」  ……え?  セバス……チャン?  どーしてここで、セバスチャンの名前が……。  ……あ、そっか。  思い出した。  ……ごめん、セバスチャン……。  セバスチャンのこと、すっかり忘れてたよ……。 「そ――、そーですよね。……行って、あげないと……」 「ああ、行って来る。……またあとでね、リア」  もう一度笑うと、王子はきびすを返し、アルフレドの元へとゆっくりと歩いて行く。  そして彼に飛び乗り、城外へと消えて行く後ろ姿を、見えなくなるまで見送って……。 「……王子のバカ。一度くらい、振り向いてくれたっていいのに……」  言いようのない寂しさが、私にそうつぶやかせた。
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