神隠し

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神隠し

 その日。  私は晃人と、あと数人の友達と、神社の境内で遊んでいたらしい。  でも、晃人の言うところによると、『ちょっと目を離した隙に』消えてしまった。  どこへ消えたのか?――これは、残念ながらわからない。  何故って、さっきも言ったように、私には、神隠しに遭う前の記憶が、一切ないんだから。  神隠しに遭ったとされる日の、翌日。  私は、同じ境内の桜の木の下で発見された。  服装は前日と変わらず、特に汚れてもいなかったらしい。  上は白いブラウスに、下は淡いサーモンピンクのスカート――という格好で、木に寄りかかるようにして眠っていたそうだ。  私が目を覚ましたのは、そのまた翌日。  目を開けると、優しそうな女の人の顔が、すぐ前にあった。泣き()らしたような真っ赤な目で、私を見つめていた。  驚くことに、その時の私は、自分の母親のことを、すっかり忘れてしまっていたんだ。  だから、その〝優しそうな女の人〟が自分の母親だなんて、少しも気付きもしなかった。  母親だけじゃない。父親も友人も、近所の人も、みんな。  みんなみんな、私は忘れてしまっていたのだ。  両親はショックを受け、そしてとても心配して、私をいろいろなお医者さんに診てもらったそうだ。  結果はいつも、『ショックによる一時的な記憶の喪失、混乱』。気持ちが落ち着けば、徐々に失った記憶も(よみがえ)り、元の生活に戻れるだろう、とのことだったそうだけど――。  ……私は(いま)だに、神隠しに遭った日から前のことを、思い出せないままでいる。
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