逢着のコテ系

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「見学させていただいて、ありがとうございました。今日はこれで、失礼します」  私はそう声を張り、退室の挨拶をした。  軽音部室の出入り口付近にいた生徒達が幾人か、私の方を振り向く。  なまじ声が大きいせいで、こういう時は注目を集めてしまう。先輩達に対して失礼にならないだけマシかもしれないけれど、必要以上の悪目立ちは好きじゃない。恥ずかしいだけだ。  音を立てないよう、ゆっくりとスライド式の扉を閉めてから、私は廊下を歩く。  階段を降りて下駄箱へ。上履きをローファに履き替えて校舎を出た。  校門へと歩きながら、スマートフォンをブレザーのポケットから取り出して、メッセージを書く。 『今日、箱にいらっしゃいますか? 急で申し訳ないんですが、今から顔を出したいです』  書き終えた文章を添削した後、送信。  校門を過ぎて右折。幅の広い石畳の歩道を十字路に突き当たるまでひた進む。  肩に掛けているスクールバッグが重たい。馬鹿正直に教科書を詰めて持ち帰ったせいだ。明日からは教室の机の中へ、いくつか置いておこう。中学の時とは違い、その辺りの規則も緩いはず。  スクールバッグを反対の肩に掛け移す。どう考えても重い。背中のギターとケースの方が面積的には大きいのに、質量的には鞄の方が凶悪だ。  到達した十字路では左折。そしてまた、ひらすら真っ直ぐ。先輩から教わった覚え方に従う。  歩いていると、スマートフォンに着信。電話だ。 「ナギです」  私は電話を取り、応える。 『当ててあげよう。今、高校の軽音部見学した後でしょ?』  電話の向こうで、ナオ先輩が笑いながら言った。 「すごい、よく分かりましたね」 『更に当ててあげよう。急にこっちへ来る気になったのは、見学した軽音楽部の雰囲気か、方針か、音楽性が、肌に合わなかったからだ』 「ええ、そうです」私はふき出しながら認めた。  分析自体は的を射ているけれど、言い方が大袈裟だったこと、動機の含有範囲が広く、そんなに挙げてしまったら当てやすくもなるだろう、という突っ込みどころが可笑しかった。 『実際、どうだったの? 雰囲気とか、先輩とかさ』 「雰囲気は柔らかくて、活動方針も緩くて、優しそうな人ばかりでした。新入生の子達も、そのタイプの人が多かったです。JPOPが好きで、のんびり、ゆったり、楽しくやりたいです、って感じで」  私は先程の部室内の様子を思い返しながら答えた。 『あぁ、そりゃ、ナギには合わないね』 「はい、正直、そうでした。なので、挨拶だけして、早々に抜けてきちゃいました」 『いいんだよ、正直で。自分の事なんだから、自分が一番正直に相手してあげなきゃ可哀想だ』 「そう言ってもらえると、気が楽になります。ありがとうございます」  私はナオ先輩にお礼を述べる。この人のこういうところが、私は好きだ。 『ていうか、そろそろ敬語外しなよ。年齢なんてただの数字なんだから気にしなくていいし、私達仲良しだろ? メッセージのやり取り大量にやったし、電話でも沢山話したじゃんか』 「いえ、だって、コミュで知り合って、まだほんのひと月ですよ」  私は笑いながら言葉を返しつつ、通りを歩く人達を避ける。人通りが多くなってきた。繁華街に近づいているのだから必然。 ショップと飲食店がずらりと並ぶ通りに入り、奥へ、奥へ。  ビルの側面に掲げられている看板を見上げながら進む。黒っぽい看板を数えてふたつ。その次の電光掲示板みたいな派手な看板が付いているビルの地下一階が目的地。  目当ての看板を見つけ、視線を平常の高さに戻すと、地下への階段入口にナオ先輩が立っていた。 「偉いぞ。よく辿り着いた」  スマートフォンをカーディガンのポケットに仕舞い、銀色の長髪を揺らしながら先輩は言った。 「待っていてくださったんですね。すみません、ありがとうございます」  言いながら頭を下げつつ、私はナオ先輩の側へ駆け寄る。 「堅いんだよなぁ。私ら、もう仲間だろ? 敬語なんてやめちゃえって」 「いやぁ、まだちょっと、難しいかなぁ、って……」  ナオ先輩に肩を組まれつつ、私達は石階段を降りて、箱の中へと入る。  箱とはつまり、音楽活動をする場所のこと。規模は様々で、その趣旨や目的も多岐に渡る。単に楽器を鳴らして練習することもあれば、マイクを繋いで歌い、演奏と合わせる作業をしたりもする。設備と管理が行き届いていて、契約と許可が揃えば、その箱で小規模のライブを行うことだってできる。ようするに、音楽が好きな者達が集い、各々が各々の目的で歌い、鳴らし、バンド活動をする、稽古舞台であり、主戦場であり、聖域である。  ここの箱の規模は小さい方だ。収容可能人数も多くはないし、各設備も音響も防音も必要最低限。その代わり、利用料金が安い。高校生になったばかりの私にとって、それはとても重要なこと。 「うわ」  艶消しされた黒い扉を開けて中へ入り、数歩進んだところで、初対面の人達が多くいることに私は驚き、声が出た。  数えて六人。全員が女の人。ファッションと髪色、メイクの系統からみて、おそらく私が所属しているロック系音楽好きのネットコミュニティその集まりだ、と遅れて理解。 「今日、集まりの日だったんですね」私はナオ先輩の方を向いて言う。 「ああ、そっか。ナギはここ、まだ二回目だもんね。予定も何も伝えてなかったな。そう、春は毎回ね、高校でも、大学でも、新入生が動く時期だからさ、こういうタイミングは、やっぱリアルで集まって打ち合わせしたり、音合わせしたりしなくちゃでね」  ナオ先輩は足元を指しながら応える。ここでね、という意味のジェスチャだろう。 「ねぇ、ナオ。もしかして、その子がナギちゃん?」  入口付近の壁に据え付けられたテーブルでメイクをしていた女の人がこちらを振り向いて聞いた。 「そうだよ。あのナギちゃん」  声をかけてきた女の人へ向けて、ナオ先輩が応える。  それを聞いた女の人はメイク道具をテーブルに放り投げ、椅子から跳んで、こちらとの距離を一気に詰めた。 「わぁ、やった! 会いたかったんだよね。初めまして。サナです。私、ナオとは高校の時の先輩後輩なの」 「えっ、そうなんですか?」  私はどぎまぎしながら、ひとまずサナさんと握手をした。正確には、勢いよく両手を掴まれたので、それが握手の形になった。 「先輩後輩だった、っていうのも驚きなんですけど、ええと、ナオ先輩からは、私のことを、どんなふうに……」 「ああ、ごめん。悪いようには聞いてないよ」  サナさんは笑いながら応える。 「歌がすっごく上手い子がいる、同じコミュに入ってくれた、今度連れて来るからリアルで会ってみて欲しい、ってね」 「なるほど。そういうやり取りがあったんですね。でも、私……」 「あれ、背負ってるそれ、ベース? ナギちゃん、ヴォーカルじゃないの?」  サナさんが私の背後を覗き込むようにして聞く。 「実は私、本格的なバンド活動ってしたことがなくて、小さい時から触ってるのはベースですし、歌うにしても、サブボーカルができたら嬉しいな、くらいの希望なんです」 「え? そうなの?」  私の説明に、サナさんは瞬きを繰り返してから、ナオ先輩の方へと顔を向ける。 「本人はこう言うんだけど、私はね、勿体ないと思う。声質も良いし、身体は小さいのに私ら以上の声量がある。逸材っしょ?」  ナオ先輩は肩をすくめながら言った。 「私もそう思う。こうして話しててもナギちゃんの声が一番通ってるし、何よりさ、顔が良いんだ。舞台の上でセンター立った方が映えるよ」  サナさんは私の顎に片手を添えながら応えた。  指先でなぞるように触れられたので、私はくすぐったくて、それに恥ずかしくなって、変な息が漏れてしまう。 「とどめにね、ベースの枠はもう埋まってる」 「えっ? そうなんですか?」  ナオ先輩の追撃に、私は驚いた。 「そうなの。ごめんな。えっとね、ユナ! ちょい、こっち来てくれる?」  箱の奥まった方向へナオ先輩が声を張って呼ぶと、ベースを抱えた子がすぐにやってきた。  その子は私と同じく制服姿で、けれど私とは違う高校の制服だった。 「サナの後輩のユナちゃん。この子も今年から高校生だから、ナギと同い歳」  ナオ先輩はそう紹介してくれた。 「初めまして、ナギです」  私は頭を下げて自己紹介をする。 「……ユナです」  ユナちゃんは小さな声で、小さく頭を下げてから、すっと横にスライド移動して、サナさんの背に隠れてしまった。 「ごめんね。この子、人見知りするの。でも、良い子なんだよ」  サナさんが私に微笑みかけてくれながら、背後に回ったユナちゃんを捕まえて、前に出させようとする。ユナちゃんはそれに抵抗して踏ん張る。 「よし、じゃあ、メンバも揃ったし、一回合わせやってみるか」  私とサナさんの肩を抱いて、ナオ先輩が宣言した。 「えっ? 合わせって、今日、顔合わせだけじゃないんですか?」  私は驚いて聞く。さっきから驚いてばかりだ。 「そのつもりだったけど、せっかくポジションが綺麗に埋まってんのに演奏しない、歌わないなんてあり得ないでしょ。私らアーティストよ? 音楽やらなきゃ心臓が止まっちゃうって」  ナオ先輩の不可解な理屈に、私は片方だけ眉を上げてみせたけど、本人は笑顔で受け止めるばかり。サナさんやユナちゃんは特に反論などない様子で、むしろスムーズに準備へ移行しようとしていた。 「あっ、そうだ。ナギちゃん、今日、V系の日なんだけどさ」 「なんですか、V系の日って」私はふき出しながら聞く。 「ヴィジュアル系の日。皆でそれ系のメイクをして、壇上で歌ったり、演奏するのは、その系統に限定するの」 「へえ、いいですね。楽しそう」 「良いっしょ? でね、ナギちゃんにも是非、その系統のメイクして欲しいわけよ」 「えっ? 私も? ええと、どうしよう、今日、メイク道具持ってきてないです」 「ああ、それは大丈夫。サナ!」  入口横の長テーブルへ戻ろうとしていたサナさんをナオ先輩が呼び止める。 「ナギちゃんにメイクしてあげてくれない? 私が伝え忘れてたから、この子、メイク道具無くてさ」 「えっ? 私がやっていいの?」  サナさんはぱっと表情を明るくし、こちらへ跳んで戻ってきて、私を抱きすくめた。この人は身軽過ぎる。 「いいんだね? 許可貰ったからね。ナギちゃんのこと、私の好きにするよ? 原型なくなるくらいまで塗るからね」 「えっ、そんなに……?」私は震えて呟く。 「原型は残してくれ。髪は殆ど弄らずにナチュラル系にして。あと、ナギちゃん怖がらせるのもやめろ」  ナオさんはそう指示を出してから、一足先に壇上へ上がり、道具の調整を始めた。彼女の担当はドラムなので、微調整が必要な個所が多いため時間がかかる。 「じゃあ、ほら、ナギちゃんこっち来て、ここ座って」  私はサナさんに抱きかかえられたまま運ばれ、先程彼女が座っていた椅子に乗せられる。 「あの、ありがとうございます。あと、すみません、道具使わせてしまって」  私はそう告げると、サナさんは、謝んなくていいって、あと、御堅いのは禁止、と返してくれた。 「私はね、むしろ今、最高に楽しいんだよ。メイクするの大好きだからね。自分でするのも好きなんだけど、人の顔弄るのも大好きなんだ」  サナさんは口角を上げっぱなしでそう言った。 「ナギちゃんは普段、メイクはする?」 「最低限、って感じです。あんまり塗ったり、本格的に描いたりまではしませんね」 「そっかぁ。でも、うん、そんな感じの肌だね。全然荒れてない。鮮度ばっちり」  鮮度という言葉に、私は笑う。この人とナオ先輩が仲良くなった理由がよく分かる。 「サナさんは、おいくつなんですか?」 「私? 今、高二だよ」 「そうなんですね。あっ、そうか。ナオさんと先輩後輩だった、っておっしゃってましたもんね」  言いながら、私は納得して頷く。  高一から大学一年生まで年齢が分散していることが面白い。箱内の他の人達も含めれば、年齢差は更に開くかもしれない。 「ナギちゃんは、ベースやって、もう長いの?」  私の顔全体の下地工程をしながら、サナさんが聞く。 「小学六年生から始めました」 「エリートじゃん」 「いえ、そんな、そこから数えても、たった三年です。きちんと教わったわけでもないですし」 「ユナが弾けない時は、ナギちゃんに任せられるね」 「もうバンド結成することが決まってるみたい」笑いながら私は言う。 「私は本当に、このメンバでやってみたいなぁと思うよ。楽器分担も綺麗に分かれてるし」 「そうだ。お聞きしたかったんですけど、ユナちゃんは、歴はどれくらいなんですか?」 「あの子はね、幼稚園の頃から楽器触ってんの」サナさんが可笑しそうに答えてくれる。 「そうなんですか? じゃあ、ユナちゃんの方がエリートじゃないですか」 「それもあって、ベースはあの子にやらせてあげたいんだ。ごめんね」 「いえ、そういうことなら、私は全然。ただ、う~ん、私、上手く歌えるかなぁ……」 「カラオケとかは行くんでしょ? コミュ入ってるくらいだから、V系も好きなんじゃない? 自信持って、マイク掴んで暴れていいよ」  サナさんはメイク作業をしつつ、唯一空いていた片手の小指で壇上を指して笑った。 「カラオケは、はい、よく行きます。ただ、私、ロック系が好き、っていう面からコミュに入った節があって、そこにV系の曲もあって、特定の曲や演出は好きなんですけど、熱が入るほどV系が好きというほどでもなくて、ファンの人が聞いたら怒らせちゃう動機で、ここにいるんです」  私は正直に答えた。 「私、V系のガチファンだよ」サナさんが笑いながら応える。 「ひぇ……ごめんなさい」 「いいって。気にしないの。熱量なんて個人差あって当たり前だし、曲やジャンルの好みなんて人の数だけあって、それが細かく違うからこその良さがあって、その好みが合致したり、ある日突然変わったりするから、音楽は面白いんだよ。無理に合わせる必要なんてないし、そこがちょっと違うからって怒ったり、除け者にしたりする人はここにはいないから、安心して」 「ありがとうございます」 私は素直にお礼を述べた。事実、こう言ってもらえたことに感激していた。 「よし、できた。どうよ。格好良くない?」 「えっ、すごい。早いですね」  サナさんから手鏡を手渡されながら、私はそう溢して。  そして、鏡に映った自分の顔を見て。  ……悪くないな、と思った。  いや、違うな。  良いな、と感じた。  こういうのも良いかな、と。  気合が入るし、戦闘態勢みたいで格好良い。  白ベースの下地に黒のアイラインとアイシャドウ。  唇も黒系だけど、塗り過ぎず、動かしても違和感のない滑らかさ。  白と黒。シンプルだけど、このコントラストは本当に美しい。  サナさんの技術は素晴らしくて、鼻筋の陰影がつけてあるところが特にそう感じた。二色しか使っていないのに、これができるのは本物だと思う。私にはできない。やり方も分からない。 「サナさん、すごい! すごいです、これ」  私は椅子の上ではしゃぐ。 「気に入ってもらえてよかった」  サナさんはにっこりと笑ってから、よし、二人にも見せに行こう、と私の手を引き、壇上へと誘った。  そこでは、ユナちゃんがエレキベースを繋ぎ、音を出して確認をしている。自分の調整を終えたナオ先輩が、それを手伝っているところだった。 「ナオ、ユナ、見て見て」  私を自分の胸元で抱えるようにして、サナさんが二人を呼んだ。  振り向いたナオ先輩は、おっ、良い感じじゃん、サナにしては手加減したね、と笑ってくれて、ユナちゃんも表情こそ変わらなかったけれど、かっこいい、と言ってくれた。  四人で壇上へと上がる。  楽器の調整を終えて、今度は機材の立ち上げと始動確認。音量調整。音響確認。  私達以外の人達も壇上のすぐ目の前に集まってくる。  三人が最終調整をしている間、私は他の人達にかなり遅れてしまった挨拶をして、簡単な自己紹介まで進めた。 「そうだ、やる曲を決めてなかったな」  私のすぐ後ろでナオ先輩が声を上げた。 「定番曲でいいんじゃない? 記念日だし、一発目だし、暴れ曲やろうよ」  エレキギターで単音を出しながら、サナさんが返す。 「ナギちゃんデビューの記念日?」  ユナちゃんが聞いた。ユナちゃんの声が聞けて、私は嬉しかった。 「そうそう。だから一発目は【踊る首】にしよう」サナさんが言う。 「あれは全然、記念曲じゃねえな。まあ、その方がV系らしくていいか」ナオ先輩が笑う。 「ナギちゃん、【踊る首】って曲、歌える?」 「はい、歌えます。大丈夫です」  サナさんからの問いに、私は声を張って応える。 「やっぱ、良い声だ。こういうとこで聞けるのを楽しみにしてたんだ」  ナオ先輩がドラムの場所まで移動しながら笑う。  ユナちゃんも移動して、私の方へ顔を向けて、少しだけ笑ってくれた。  私も移動して、マイクスタンドの前へ。  初めて立つ、壇上のマイク前。  尋常じゃないくらいに緊張する。  心臓が痛いし、手も震えてる。脚だってがくがく。恥ずかしいくて情けない。  お客さんはいない。ネットを通じて知り合った人達だけ。顔を合わせて数分の人達だけ。  だから、失敗してもいい。何が失敗というわけでもないだろう。  でも、それでも。  これが、初めてのセッションだから。  失敗なんてしたくない。やるなら本気で、大好きな音楽のことだから。  私はマイクのスイッチを入れて、軽くテスト。  声を入れて、声を張って、どの音域まで耐えられるのか、ハウリングの有無を確認。  その過程で、壇の正面に立つコミュの人達から声が上がる。好意的に解釈して嬌声。  ナオ先輩が後ろで笑い、シャンシャンと軽く叩いて音を合わせてくれる。  サナさんも笑って、リハは終わり、ほらやるよ、と前奏を始める。  ユナちゃんも弾き始める。恐ろしく正確で、スタートの瞬間、コンマのズレもなかった。私よりずっと上手。私と同じくらいの身長と指の長さなのに技術が異次元だった。  それが、たまらなく嬉しかった。  ここに立っている皆が皆、本気で音楽をしている。  演奏したくて仕方がないから技術を磨いてきた。形になったそれを、同じ志を持つ他の人と、合わせてみたかった。だから、こうして集まった。もっと大きな形にして、バンドとして、芸術として、完成度を上げたかった。  だから、ここにいる。  マイクスタンドにしがみつくようにして、私は歌う。  ほとんど叫ぶようにして、声に歌詞を乗せる。  ドラムを叩き、弦を弾き、身体を揺すって、頭を振って、音が魅せる力に全員で染まる。  自分がやりたかったのはこれだと、確信をもって言える。  私は、これがやりたかった。  立つ位置だけ、少し違ったけれど。  音が好き。音楽が好き。バンドが好き。歌うのだって、本当は大好き。  歌っていいなら、歌いたい。歌わせてもらえるなら、当然、本気でやる。  自分でもメイクができるようになろう。もっと練習しよう。違う音も出せるようになりたい。大きく吠えて、自分らしく歌えるようになりたい。ここに通いたい。このメンバでやってみたい。V系上等。格好良いことがやりたかったのだから、ジャンル違いもなにもない。  お世辞ではなく、妥協もしていない。どこまでも本気で、ここからがスタート。  知らないから、よく分からないから、と避けていたこれまでを、勿体無い、と感じた。  自分の好きな活動をしながら、新しい自分に出会えるなんて最高じゃないか。  もっと先を見てみたい。  このまま突き進んだ先に在るはずの、私の知らない世界を知りたい。  今日この刻から、私は変わったのだ。  進むことを覚えた、新しい私に。  音を吠え、魂の内から歌う姿へ。
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