0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「なあ、これはどこに置く?」
かけられた声に応じて振り向くと、あいつがダンボール箱を抱えて部屋の入口に立っていた。
「ああ、それは、机の上へ」
そう答えると、はいはい、と言いながら幼馴染は部屋に入ってくる。
「でも、驚いたよなぁ。まさか中学に上がってから再会するなんてさ」
「それ、今日だけで何回目?」僕はふき出しながら応える。
「だってさ、小学生の時に、お前が引っ越しして、その後、俺も引っ越しして、それからまた、こうして会うなんて、しかもマンションの隣同士の部屋とか、どれくらいの確率だ? 天文学的ってやつじゃないか? こんなの誰でも、何回でも驚くだろ」
「個人的に驚いたのは、お前が三年以上前からほとんど変わってなかったことだよ」
ベッドにマットと敷き布団をセッティングしながら僕が返すと、幼馴染は、たった今運んできたダンボールの箱を漁る手を止めて、あ? と言いながら振り向いた。
「なんだ? どういう意味だ? 背も伸びたし、こうして片付けの手伝いもしてやってるだろ? 成長しつつも、昔と変わらず良い奴のままだろ? 何か問題あるか?」
「そうやって僕の私物を遠慮なしに物色するところとか、昔のままだよね」
「そうそう。お前これさ、懐かしいよな。よくまだ持ってたよ、本当に」
僕の返しの皮肉をいとも簡単に受け流して、幼馴染はダンボール箱から次々に中身を取り出す。
「あっ!」
突然上がった高い声。
何か壊したのだと思い、僕はベッドを整える手を止めて、幼馴染の隣に移動する。
「なに? どうしたの。何を壊した?」
「いや、壊してねーよ。決めつけんな」
幼馴染は笑いながら、僕の眼前に、片手に収まるサイズの黒い長方形の物体を持ち上げてみせた。
「お前、これ、すげえ懐かしいな。覚えてるか?」
「覚えてるよ。声とか音楽とか録音して遊んだやつでしょ?」
「何て名前だっけ? CDプレイヤ? MDプレイヤ?」
「いや、それよりもっと古いやつだよ。カセットテープ」
答えながら、僕はそれを受け取る。
正確には、この機械の中に入っている、交換可能な磁気テープを巻いたものがカセットテープであり、この本体は、持ち運びが容易となるよう機能を簡略化、重量を軽量化させた、ハンディ再生機器である。正式名称でいえば、カセットテーププレイヤ、もしくはポータブルカセットプレイヤなどであるが、人間は名称を短称化したがる習性があるため、今も昔も、カセット、カセットテープ、という愛称の方が一般的で強い。
「元は、お前のお父さんのだっけ?」
幼馴染が人差し指でカセットテープ本体の表面をつつきながら聞く。
「そうそう。さすがにもう使わないから、好きに使って遊んでいい、って貰って、そこから僕達がおもちゃにしてたんだよ」
「やっぱり、そうだったよな。お前が最初に持ってきた時には、古い曲が録音されてたもんな」
「昭和に流行った曲だね」
「あれ、演歌だったか?」
「うちのお父さんは、そこまで古い世代じゃないよ」
僕はふき出しながら応じる。
「でさ、それ、まだ使える?」
問われた僕は、本体の再生ボタンを押し込んで起動を試みる。
反応なし。
本体を開いてテープの無事を確認。再度閉じて、上下を確かめ、底部の乾電池を入れる箇所を開けてみて、原因が判った。単三電池が二本必要であるのに、それが入っていなかった。
「ああ、そうだ。液漏れしたらまずいからって、電池抜いたんだ」
僕がそう呟くと、電池って液出んの? こわ、と幼馴染が呟いた。小学生の理科で習ったことを既に忘れてしまったらしい。
「電池があれば、多分まだ動くと思うんだけど」
「単三?」
「うん」
「何本?」
「二本だね」
「分かった。ちょっと待ってろ」
言うやいなや、幼馴染は僕の部屋から出て行き、おかーさーん、と僕の母を呼びながら廊下を移動する。
僕の母をおかあさんと呼ぶのも昔と変わっていないよな、と独り言を溢す。しかし、あれが母には好評で、あいつは小学生の頃も、こうして再会した今も、母に大変気に入られているから不思議なものだ。
僕は大人しく待っているつもりだったのだけれど、ふと、エアコンのリモコンに目が留まった。
手に取り、裏返して、フタを開けてみる。乾電池が二本。都合良く単三だった。
僕はリモコンから乾電池を引き抜いて、カセットテープ本体に挿入し、起動してみた。
カチッ、という音とともに、無事起動に成功した。
よし、という自分の声。
よし、という幼馴染の声。
驚き、息を止める。
本体から聞こえてきたのは、あいつの声だった。
『これ、ちゃんと録音できてんのかな……まあ、大丈夫だろ』
間違いない。
幼馴染の声だ。
けれど、今のものではない。
もっと幼い頃の、そう、小学生の時の、あいつの声だ。
息を吐く音。
溜息だと分かる。
『いざ録音すると、緊張するな。どう言ったらいいのか、分かんなくなる』
過去の幼馴染が言う。
『お前が引っ越すって聞いて、俺、びっくりしてさ。もう会えなくなるなら、それより先に、言っときたいことがあって……』
僕はベッドまで移動して腰かけ、続きを聞く。
『俺、こんなだからさ。言葉遣い悪いし、性格自分勝手だし、自分のこと俺って言うしさ……』
声が聞こえた。
過去からではなく、現実の世界で。
『正直、そういうふうには見れないだろ? 男友達と同じくらいに思ってるはず。俺も最初は、お前のことをそんな感じに思ってた。一緒に馬鹿やってくれる友達、ゲームしてくれる友達、家が近所の友達ってさ』
近づいてくる。
声と足音。
『だから本当に、気づいたら、だったんだけど、俺さ、お前のこと……』
「おい、電池貰ってきたぞ」
『好きになってた』
同時だった。
重なった声。
首を傾げる幼馴染。
僕はカセットテープ本体を指してみせる。
『だから、もし、またどっかで会えたら、この録音に気づいて、ここまで聞いて、俺のこと嫌いにならなくて、返事してもいいかな、って思ったら、その時は答えが欲しい。これ、告白だから……』
ここまで再生されたところで、凄まじい勢いで幼馴染が、僕の手からカセットテープ本体をひったくり、停止ボタンを押した。
カチン、という大袈裟な音。
それから、静寂。
彼女は抱き込むようにして、僕の目からカセットを隠したまま。
本人も下を向いたまま。
なので、表情は窺い知れない。
「こんなロマンチックな告白の仕方、よく小学生の頃に思いついたね」
僕がそう告げると、彼女は僕の太ももを片手で引っ叩いた。乾いた音がしたし、痛かった。
「……俺、変わってないだろ」
下を向いたまま、彼女が呟く。
「さっきお前が言った通りだよ。相変わらず自分勝手だし、自分のこと俺っていうし、こうやってお前のこと叩くし、全然可愛げないだろ。自分でもそう思う。変わろうとはしたけど、あんまり、いや、ちっとも上手くいかなかった」
「うん」僕は頷く。
「でさ、その……気持ちも、あの頃と変わってないんだけど……」
「うん」
「返事……聞かせてくれるか?」
幼馴染が顔を上げる。
頬を真っ赤にして、上目遣いで僕を見る。
僕は彼女の前に屈みこんで。
返事をした。
変わっていくことの良さもあるけれど。
変わらないことの良さだってある。
時代は変わっていく。
人も変わっていく。
新しさがあれば、廃れていくものもある。
時間を止めることは、どうしたってできないから。
僕達の繋がりだってそうだ。
一度は途切れてしまった。
けれど、こうして再会することができた。
時間を超えて、想いを知ることができた。
素敵なことだ。
素晴らしいことだ。
僕は、それに応えたい。
僕も、彼女へ伝えよう。
あの頃の想いを巻き戻し。
言葉として、行動として。
これから先も、ずっと。
再生してみせるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!