弐・心の支え

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 耶馬台国(ヤマタイコク)。その内にある女王・日巫女(ヒミコ)が手ずから治める集落。そこへ血河が戻ってきたのは実に1年振りのことだった。  仇国・拘奴国(クナコク)の侵攻を食い止めるべく、その最前線で兵達を鼓舞しながら戦い続けていた血河。1年にも及んだその戦で見事女王の軍は敵軍を退けたのである。  その歓喜に浸る間もなく、血河は徐晴に呼び戻された。それは勿論次の戦場へと向かう為にだ。  血河が集落へと足を踏み入れると、既に我が国の勝利を聞き及んでいる住民たちが英雄の凱旋を祝福する。 「血河様、平穏を守ってくださりありがとうございます!」 「血河様、此度の戦もお見事にございました〜!」  自分を讃え、感謝する人々の声に血河は何も答えず、徐晴を探して黙々と歩みを進める。そんな彼を謙虚で立派な性格だと皆は更に褒めるが、血河はただ分からないだけだ。  戦って、そして勝つのが兵器として生まれたセンジンの役目であり存在理由(レゾンデートル)だ。血河としては当たり前のことをやっているだけなのに、何故皆がそれを褒めそやすのか全く理解出来ない。  血河はふと集落の中央に建つ一際大きな建物に目をやる。天に続くような長い階段の上にある、まるで宙に浮いているような館。その場所こそ女王の宮殿。  戦果と帰還の報告を女王へとしようと思った血河であったが、やめておく。戦の結果なら既に知っているだろうし、自分の帰還は民のこの盛り上がりで分かるだろうと思ったからだ。  それに、報告よりも女王の為に敵を一人でも多く(ほふ)ることこそが重要であるのだからと考る。そうして徐晴探しを再開した血河であったが──。 「チカー! お帰りなさい──て、きゃー!!」  名を呼ばれてそちらを見ると、数十段ある階段を下へ下へと転がり落ちてくる一人の女の姿があった。  階段下には近衛兵が待機しているが、おろおろとしていてとても役に立ちそうもない。  血河はそんな兵士らを横へと突き飛ばして階段を駆け上がると、ちょうど階段の真ん中あたりの場所で女を抱きとめる。 「いったたた〜。ご、ごめんなさい、足を滑らせてしまいました。助けてくださりありがとうございます、チカ」  血河の胸の中で困ったように笑うのは、純白の貫頭衣(かんとうい)を身に着けたショートカットの女。年齢は20歳そこそこで、きらきらと輝く大きな瞳と小麦色に焼けた肌が活発そうな印象を与えるこの女性こそ、 「……お気をつけ下さい、日巫女様」  耶馬台国の女王・日巫女であった。
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