弐・心の支え

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 血河は女王を横抱き(お姫様抱っこ)して階段をのぼっていく。 「わわっ! チ、チカ、おろして下さい! 自分で歩けますから!」 「それは聞けません、また落ちたりでもしたら危険ですので」 「それは、その……さっきはちょっとはしゃいでしまっていて……」  女王は頬を赤らめてぶつぶつと何かを呟いていたが、血河は気にせず彼女を階段の上まで運んだ。  館の出入り口の前で女王を降ろすと、血河はぺこりと頭を下げた。 「それでは失礼致します」  淡々と言って踵を返そうとする男の腕を女王は掴む。 「ま、待って下さい!」  主君である彼女にそう言われれば、下僕である血河は当然その様にする。 「はい、何かご用向きでしょうか?」 「え、あ……用というか、」  目に見えて焦り始める女王の姿を血河を不思議そうに見つめる。すると。 「あなたが無事に帰って来てくれたこと、私は大変嬉しく思います。それを伝えたくて」  はにかみ笑顔でそう言った女王を血河は更に不可解に思い小さく首を傾げた。 「無事も何も、俺は不老不死です。死にません」  そう答えると、女王の顔から笑顔がすっと消える。そして困惑と悲しみが混ぜ合わさった顔をした。 「そうですね。ですがそれでも私を含めた皆が、あなたが無事に帰って来てくれることを心の支えとして生きていけるのです」 「心の支え、ですか?」  血河は女王の言ってることが少しも分からない。 「はい。……戦となれば無事に帰ってこられない命があります」 「此度の戦も女王の兵をいくらか損ねてしまい大変申し訳なく思います」  女王は一瞬引きつったような顔をしたが、きっと表情を引き締める。 「兵は道具ではなく命ある人間(ヒト)です。いくらか損ねる、などという言い方は相応しくはありませんよ、チカ」 「……申し訳ありません」  共に戦場へ立つ兵を自分と同じような戦の道具だと錯覚していた血河であったが、兵も民。女王が慈しんで愛する民なのだと認識を改める。しかし、 「そしてあなたもまた人間(ヒト)なのです、チカ」  女王のその言葉だけはどうにも認めることは出来なかった。 「女王、俺はセンジン。人間(ヒト)ではありません」  蠢く醜い肉塊から生まれた異質な存在、見た目こそは人間(ヒト)と似ているが決して同じではないと自分のことながら血河はよく分かっている。  だが女王は首を左右に振った。 「いいえ、あなたは人間(ヒト)です。あなたには意思、個性、そして心があります。それを人間(ヒト)と言わずして何と言うのです?」  血河はそれに答えられず俯いた。意思、個性、心……女王の目には血河がそれらを得ているように見えるのだろうが、血河自身にその自覚は全くなかったからだ。
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