弐・心の支え

6/7
前へ
/76ページ
次へ
 血河が黙っていると女王は続けた。 「戦場へと送り出した者達が、帰って来た時にはその人数が減っている……それは待つ者にとって耐え難い悲しみであり苦しみなのです」  俯いている血河の両手を女王は自分の手でそっと掬い上げる。 「あなた方センジンの活躍のおかげで死傷者はぐんと減りました。あなた方は皆の希望、だからこそ無事に帰ってきてくれることを人々は願わずにはいられないのです」  血河が顔を上げて女王を見ると、彼女は泣き出しそうな顔で笑っていた。  血河は漠然と考える。戦場では皆女王の為にと戦い、その結果散っていく命がある。だが自分は死なない、不死だから死にようがない。そのことに救われているのはきっと、他の誰でもない女王自身なのだと。  皆の心の支えとか希望だとか、そういう大層なことを言われてもピンとこない血河だったが、自分がここへ帰って来ることで仕える主君の憂いが少しでも晴れるということは分かった。 「俺は死にません。どんな過酷な戦場でも生き抜き、一人でも多くの兵士と共にあなた様の元へと必ず帰ってきます。必ずです」  真っ直ぐに女王を見つめて口にすると、彼女ははっとした顔をする。そして目を伏せ、今にも消えそうな弱々しい声を出す。 「……必ず、必ず私の元へと帰って来て下さいね。約束ですよ、チカ」 「御意のままに」  すると女王はぱぁっと花が咲いた様に笑った。そして血河の手を戻すと、階段の下で宮殿を見上げる民達へ、よく通る大きな声を向ける。 「拘奴国の侵攻を我々は退けました! これで暫しの平穏は保たれるでしょう。しかしまだ世の乱れは治まりきってはおりません、故に皆で心を一つにしまだ続く苦難を乗り越えていくのです!」  わっと住民達は歓喜に沸き立ち、女王コールが始まる。そんな民達をゆっくりと見回した後、女王は静かに言った。 「……ですが今は、祈りを捧げましょう。戦場で散った者達の為に」  女王が目を瞑って空を見上げると、ついさっきまで熱気に溢れていた皆がそれに粛々と従う。  血河は思うのだ。“心の支え”というのは、自分などではなくこの女王のことなのだと。  分かっていることだが自分では女王に遠く及びはしない。そうしみじみ感じ入っていると、誰かに名前を呼ばれたような気がした。  誰だ? そう問いかけようとした時、急速に女王の背中が遠ざかっていった。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加