壱・神使

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仲部(チュウブ)加宜國(カガノクニ)  羊雲が浮かぶ秋の空に喧噪が響き渡る。 「うぉおぉ!! 殺せ、殺せー!!」 「ぎゃあああっ!」 「怯むな! 押せ押せ押せっ!! やっちまえっ!!」 「ぐっ!! こんな所で……やられるかぁあ!!」  飛び交う怒号と悲鳴、砂煙と血液が舞う熱気に溢れたその場所は人と人とが殺し合う合戦場だ。  そんな殺伐とした光景を少し離れた小高い丘の上でする一行がいた。 「皆バイブスブチアゲでまじやばたん! どっちもアゲアゲでかましたれ〜!」  合戦、それは非武装の民にとっては一大イベントであり最高の娯楽(エンターテインメント)である。合戦がはじまると農民達は手弁当を持って集まり戦を見物するのだ。  この場に農民はいないが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら合戦見物に興じる少年はいた。名は八裂(ハチレツ)。  年齢(トシ)は17で、派手な金髪(ブロンド)翠玉色(エメラルドグリーン)の瞳、そして褐色の肌をしている。  金糸の髪は襟足が腰の辺りまでひょろりと長く伸びまるで尻尾のよう。山吹色の短丈(たんたけ)小袖は袴を穿かず膝小僧が丸見えで、袖も肩口の所でバッサリと切り落とされている。そして黒の手甲脚絆(てっこうきゃはん)という装いだ。 「どっちもがんばれー!」  天真爛漫に声援を送る八裂の隣にいる少女が渋い顔をして口を開く。 「ハチくん、そういう態度は不謹慎ですよ」  そう咎めるのは亀代(カメヨ)。  年齢(トシ)は18で、茶色の内巻きミディアムボブに青緑色(ターコイズブルー)の大きな瞳。  薄紅色(ベビーピンク)の無地の小袖に桜の花の模様が散りばめられた藍色の湯巻き(腰前掛け)。左側頭部には大きな桜の髪飾り(ヘアアクセ)をつけている。  肌は日で少々焼けており、鼻の頭にはそばかすが点々とある。常に下がり気味の太い眉が今は更に下がっていた。 「フキンシン? なんで?」  きょとんとした顔で首を傾げる弟の様な存在にこんこんと言い聞かせる。 「合戦ということは必ず怪我人や死人がでます。そうなれば必ず悲しみや憎しみが生まれるでしょう。それを茶化すようなことをするのは駄目だと思いませんか?」 「……あーね。そう言われたら亀ちんの言う通りだ、ごめそ!」  合戦場と亀代、それぞれに向かって深々と頭を下げる八裂。こうやって素直に聞き入れて反省する所は美点なのだが、発言する前に一度考えてほしいものだと亀代は痛む頭を押さえながら思う。  すると亀代の肩にとまっている三つ足(カラス)のヤタが嘴を開く。 「……とゆーかあれ、合戦じゃあねーだろ。ありゃあ──」  人間(ヒト)の5倍はあるという烏の視力。人語を操る烏はその目を凝らすと、 「一揆(いっき)だな」  そう呟いた。  
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