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はっきりと言ってはもらったが、やはり血河には理解が難しい。視線を宙にやって暫く考えた末、自分なりの解答を口にする。
「それは所謂“嫉妬”という感情か?」
人間の感性に疎い血河だが、長年人間を見て生きていたのでなんとなくそう思った。
「だろうな。……にしても、その調子じゃああの頃の嫌がらせにも気がついてないみたいだねぇ。まぁ、ある意味幸せなことかぁ」
「どんなことだ? 教えろ」
「えぇ? おれだったら絶対に凹むから知りたくはないが……お前さんがそう言うなら、」
拾ったタバコを灰皿根付を押し込み、幽鬼は語る。
「まず、お前さんは常に危険な戦場の最前線にいて滅多に集落へと戻れなかった。戻っても休むことも出来ず直ぐに出陣を博士くんから命じられていただろう?」
「その通りだ。だが戦場で武を振るうことこそが我等の役目だ、休む暇さえ惜しい」
平然とした態度で淡々という血河に幽鬼は顔を引き攣らせる。
「……あー他にはだなぁ、お前さんは他のセンジンとは殆ど会ったことはなかっただろう?」
「ああ、それが?」
「それは博士くんが意図的にそうしていたからさ。お前さんに同じセンジンの仲間を作らせたくはなかった、お前さんが孤立して孤独になってほしかったからだ」
「俺は俺以外のセンジンに会ってみたいなどとは一度も思わなかった、そもそも戦続きで思う暇もなかった。それに兵や民は俺にも好感を示してくれていたので孤立や孤独を感じたことはない」
「女王ちゃんもいたしね」
血河はそれには何も答えずに口を閉ざす。
「博士くんは嫌がらせのしがいがそりゃあなかったと思うよぉ、何やってもお前さんは平気な顔をしているんだからさぁ。まさか嫌がらせに気がついてなかったとは……」
「……それで? これがおれに対する嫌がらせだったとして、徐晴はどういうつもりなんだ?」
血河が牢の中のジャンク達を指差すと、幽鬼は牢の閂に手をやりそれをがちゃがちゃと弄りながら答える。
「ん〜、そりゃあシンプルに考えてお前さんが人間になることを阻止したいんだろうさ。……可哀想なもんだ、そんなことで利用されるこの兄弟達がなぁ」
閂が外され、扉が開かれる。
「待て、どうするつもりだ?」
ぎょっとして血河が訊ねると、幽鬼は牢の中へと入って呟く。
「どうって、そんなのお前さんが一番よく分かってるだろう?」
言いつつ、彼は懐から折りたたみナイフを取り出す。
「こいつらを生かしておいてやることは出来ない。敵軍にいた時は敵味方を判別していたみたいだが、今じゃ誰彼構わず襲いかかる」
互いを齧りあっている肉塊の化け物の内の1体を幽鬼は鷲掴むと、その体へナイフを突き刺して、切り開く。
残り2体のジャンク達が幽鬼の足へと牙を立てるが、幽鬼はそれを気にすることなく切り開いたそこからどくどくと脈打つ臓器を引きずりだす。そう、心の臓だ。
その血塗れの心の臓に喰らいつく幽鬼を呆然と眺めながら、血河はふと気がつく。岩牢の中が血の染みだらけであることに。
「……この一週間程度で、いくつの心の臓を喰らった?」
問いかける声が震えていた。
「さてね。最初は数えていたんだが途中で辛くなってねぇ、やめちゃったよ」
そして答える声も震えている。
「ごめんな、本当にごめんな。ごめん、ごめん、ごめん」
「あ、あ、ぎゃあぁあぁ! あぁあっ!」
牢内には幽鬼の謝る声とジャンク達の悲鳴、そして心の臓をぐちゃぐちゃと咀嚼する音だけが響いていて──血河は頭がおかしくなってしまいそうだった。
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