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血河に続いて出てきた八裂の体がしゅるりと解け始め、武器の形へと変わろうとする。
「ハチ、やめろ」
「は? なんで?」
目の前には得物を手にした集団がいるというのに何故制止されるのか意味が分からない。
血河は八裂の問いかけには答えず、嫁達を見回す。
「もう一度聞く、お前達は幽鬼に命じられ俺の心の臓を奪いに来たのか?」
「これは僕らの独断だ、ユウキくんは関係ない」
答えたのは咳き込む姉の背中を擦る六道だ。
予想通りの答えに血河はふぅと息を吐く。
六指と六道が血河の心の臓を奪うと決めたこと、そしてその為に夜襲をかけてくることは全て事前に筒抜けだ。
だからこうして眠ったふりをして迎撃出来たわけだが、それも全て亀代のおかげだ。
「……っ、ユウキくんは、人間になるべきだ。この先ずっと墓守として生き続けるなんて、そんな残酷なことはさせられないっ!」
弟の支えで立ち上がった六指は錫杖を血河に向ける。
「我等は捨てられた者、死んでしまっても悲しむ者がいない……はずだった。だがユウキくんは我等を慈しみ、生きる希望を与えてくれた。そして我等が死ぬ時は、深く悲しんでくれる。……貴様らに分かるか? 手塩にかけて育てた者らが次々と死んでいくユウキくんの哀惜が。永遠と墓を作り続けるユウキくんの虚しさが」
「僕らだってユウキくんの本当の気持ちは分からない。だけど、僕らが死んだ後も優しいユウキくんが墓を作り続けて生きるだなんて考えただけでも恐ろしいよ。……きっとこれは僕らのエゴだ。彼を永遠に残していくのがたまらく不安なのさ」
六道が姉と同じく錫杖を眼前の男へと向けると、他の者らも一斉にそれに倣う。
「ユウキくんにその気がないなら、叱責を受けようとも我等でやるしかない」
「ユウキくんや僕らのことが少しでも哀れに思うなら、心の臓を渡してくれないかい? 大丈夫、ハチくん達の身の安全は保証するさ」
嫁達の言い分を血河は「なるほど」と思って聞いていた。
幽鬼は悪いやつではなく、優しすぎるやつだ。嫁達が彼を慕い、その後を憂うのもよく分かる。きっと自分なんかよりも幽鬼の方が人間として相応しいのだろうとも。
それでも、血河は心の臓をくれてやるつもりはなかった。人間になりたい、それは長年血河が追い求めてきた絶対的な独り善がりなのだから。
「悪いが、俺の心の臓は──」
「ふざけんな! 勝手なことばっか言いやがって、そんなんこっちだって同じだっつーの! オレだって、自分が死んだ後にチカがどーなるか考えたら不安でめっちゃヘラるし! だから、だから絶対にオレはチカを人間にする!」
思いがけないそれに血河は言葉を失う。脳天気で刹那主義な八裂がそんなことを考えているとは露とも思っておらず、不覚にも嬉しくなってしまった。
するとその時。
「おやぁ? 何か騒がしいから来てみたら……皆して一体これは何の催し物だい? おれも誘ってくれなきゃ寂しいよぉ」
低い声がして、暗闇の中から幽鬼が現れる。その顔はひょうきんな言葉とは裏腹に怖いほどの真顔であった。
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