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非戦闘員の亀代は屋敷に残ることとなった。
「う〜ん、おれ様も残った方がいいのかぁ?」
「ヤタさんの閃きや発想がチカさま達の助けになるかもしれません、行って下さいませ」
こうして血河、八裂、ヤタは幽鬼達と共に山を下って行った。
荒野には既に農具を携えた老若男女の農民達が集まっていた。その数はおよそ500。
「おお、ありがたやありがたや。本日は先人様がいらっしゃる。それと……。」
農民達の代表である幾人かの男達が幽鬼に向かい手を合わせ、頭を下げてありがたがる。
だがその視線は、黒い着物を纏い、黒い刀を佩き、黒い烏を肩に乗せた全身黒尽くめの男に釘付けだ。
「おれのお兄様だよぉ。とーても強いから安心してほしいなぁ」
彼らの思いを察して幽鬼がどこか浮ついた口調で言うと、農民達は血河にも頭を下げる。
「先人様の兄神様でございましたか、ありがたやありがたや」
こうして変に持ち上げられることも不愉快であるし、兄として紹介されたのも不本意極まりないので血河は幽鬼を剃刀の様な眼差しで睨みつける。
「ひんっ! ほ、ほらほら、さっさと御神水を飲みなさい。ではないと敵方が来ちゃうよぉ」
睨まれて泣き出しそうになるのをぐっと堪えて幽鬼は屋敷から運ばせた複数の水瓶を指差す。
神使達はてきぱきと動いて農民達へと水を飲ませていくが……。
「アタシの息子はどこ?! 返して、アタシの息子をっ!! 返せっ!」
俄にヒステリックな叫びが響いたかと思うと、幽鬼に向かい走り寄る老女の姿があった。
「またか、やめろ! 先人様に対して無礼だぞ!」
老女は他の農民に呆気なく取り押さえられてしまうが、わーわーと喚き散らしている。
「なんだ、あれは?」
血河が呟くと、隣にいる六角が答えた。
「随分と前のことですが、彼女の息子は口減らしとして山に捨てられました。ですが彼女はそれに納得していないのです。息子を捨てたくないと訴える彼女から夫やその家族は無理矢理子供を取り上げて山へと捨ててしまったから……。」
錫杖を握る六角の手が僅かに震えていて、血河はそれに感づいたがあえて黙っておくことにした。
地面に崩れて落ちた老女に幽鬼は近づくと、しゃがみ込んで真っ直ぐに目を合わせる。
「ごめんねぇ、お嬢ちゃん。おたくの息子くんはおれの嫁になったのさ。返してやることは出来ないが──その代わり目一杯幸せにするよ」
「うう、うう、うわぁぁぁあ!」
伏してなく女を同じように目に涙を浮かべた者達が抱えて連れて行く。
しんみりとした空気が場を包んだその時。
「先人様、敵方がやって来ました」
六指の声がして前方を見ると、こちらの倍以上の人数の兵達がゆっくりと向かって来ていた。
「ああ、そうかい。それじゃあ今日もやるか」
幽鬼は六道から自身の錫杖を受け取ると、カンカン帽を深くかぶり直して歩き出したが……。
「どけ、最前線は俺の特等席だ」
血河は幽鬼を追い抜くと、一揆衆の一番前へと悠然と乗り出した。
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