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両軍勢が鬨の声を上げると、ヤタが高い空へと向かって飛び上がる。
血河は一揆衆から飛び出すと、自分に向かってくる敵と、役づきの者を身なりで判断して斬り裂いていく。
「ひっ、何だあの黒い男は! 強い、強過ぎるぞっ!」
敵の兵達に動揺が走る。
「この感じ、久しぶりだな」
遥か昔、血河は女王・日巫女の天下の為に戦った。当時と比べると武具は発達し、兵の数も増えて戦は様変わりしたが……変わらないものもある。
それは誰もが己の命を賭けて、懸命に戦っていること。死への恐怖、人を殺すことへの葛藤、親しき者を失う哀惜……そんな思いを抱えて人間は生きているのだ。
だから……。
「おいおーい、兄弟。人間は殺さないでくれ、それは人間同士がやることだ」
後から追いついて来た幽鬼のその言葉に血河はとてつもない嫌悪感を覚えた。
「今更何を言っているんだ、お前は」
刀を薙刀へと変化させた血河は、それで雑兵達の首を5つまとめて跳ね飛ばしながら低い声をだす。
「確かに今更だが、人間同士の戦に規格外のおれ達が過剰に介入するのはあまり望ましくないと思うのさ。おれ達の異能はなんていうか……人間の可能性を潰しちまいそうでなぁ」
幽鬼は器用な錫杖捌きと特殊な体術で敵を気絶させていき、その命を奪うようなことは決してしない。
だがそんな男の後方では農民と正規兵達が血で血を洗う殺し合いを繰り広げている。
「それならば最初から手を貸さなければよかっただろう」
血河は舌打ちをしてから続ける。
「この一揆衆をここまで扇動したのはお前だぞ、幽鬼。皆、相当の覚悟でこの戦場に立っているのに自らは手を汚さないでいるつもりか? それは無責任な卑怯者だ。それともお前は本当に神にでもなったつもりでいるのか?」
幽鬼は大きく目を見開くと、はっと息を飲む。
「お前の言いたいことも分かる。俺達の力は強大で、その力に依存させるのは危険だ。現に耶馬台国は女王が身罷り、俺達が去った後に程なく滅びた。……だがそれはそれとして、己の責任は果たすべきだ。力を貸すなら最後まで、お前も民達と血に塗れて戦うべきだ」
血河の言葉に幽鬼は返事をしなかった。血河もまた刻一刻と状況が変わる戦場で呑気に言葉を交わしている暇はないとそれ以上は何も言わない。
すると。
「カッカー! おいチカ! 来たぞ来たぞ、ジャンク共だ!」
ヤタの鋭い鳴き声が響いたかと思うと、敵の軍勢の中から赤黒い肉の化け物が躍り出てきた。
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