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1b869301-70cf-48bc-b0ff-e6c8cf357cd6 二人で肩を並べてしゃがみ込んで、ライターで線香花火の先に火をつけた。 蕾のように火の玉が大きく膨らむ。 パチパチと小さな音と共に火薬の香りが漂い、火花がはじけはじめた。 「わー、花火なんて久しぶり。きれいー」 手に持った花火の先を眺めながらはしゃいだ声を上げる美和の頬が小さな明かりに照らされるのを、柴田は見つめる。 やっと、手の届くところにいられる。 今日は一日、博多の街を歩きまわった。 活気のある港町は、東京とは違う異国のような感覚で楽しめた。 夕方、予約していた海の中道海浜公園の宿泊施設に着いて、BBQをした。 東京より遅い時間に日暮れがきて薄暗くなったところで、柴田が線香花火の束を取り出したのだった。 「今日はありがとう。すっごく楽しかった」 美和が手元に残った花火の残骸を水をはったバケツに入れてから、柴田の顔を見上げてにっこり笑った。 「まだあるよ」 柴田は次の花火を差し出す。 美和の手に握られた花火と自分の手に握った分と、2本の花火の先に火をつけた。 火花の向こうに、対岸の博多の街の灯りが見える。 「今日は、夏になったら一緒にやりたかったこと、詰め込んでみた」 「うん」 2本の線香花火が並んで仲良く瞬き合うのを見つめながら、美和は心がとても穏やかだと感じる。 目の前の海の凪のように、今日はとても穏やかで、静かな気持ちだ。 「……先月、とんぼ返りで東京に帰って来てくれたでしょ?」 勢いよく火花が四方に飛び散る音。 美和は、顔を上げて柴田を見た。 「あの時来てくれたから、がんばれたと思う」 ありがと、と美和は微笑む。 火花の色が変わり、静かに1本ずつ、落ちていく。 少しずつ暗くなる。 「あの時は」 柴田は、消えていく火を見つめながら、言った。 「美和さんが本当に言いたいことを言おうとしないから、どうしても確かめたかったんだ」 「確かめるって、何を?」 ほぼ同時に2本の花火の火が消えた。 あたりが暗くなる。 「会いたくても言わないだけなのか、 それとも、本当に会いたくないのか」 二人は消えた花火をまたバケツの中に落として、次の花火を手にとった。 再び火を(とも)す。 火花が勢いを増すと共に再び明るくなり、互いの表情が見えるようになった。 「毎日、会いたいって思ってたよ」 美和はまっすぐに柴田の目を見て言い、彼もうなずいた。 「直接会って、それが確信もてたから、おれも後半がんばれたよ」 「仕事に専念できるように、気を使わせてたんだよね」 「そう言ったら聞こえはいいけど、違うの」 美和は今、はっきりと自分の本音に気付いた。 「ホントはね、私は、自分が傷つきたくなかっただけ。 一度言葉にしてしまったら、何度も口に出してしまうから。会えない時、余計に苦しくなるから」 仕事の邪魔をしないように、なんて、ただの建前。強がりだった。 本当は、言葉にしないことで自分を守ろうとしていただけだった。 「私が言わないことで、柴田くんを不安にさせちゃったんだね。ごめんね」 火花の明かりに照らされた柴田の表情はとても穏やかに、やさしく微笑んだ。 「思ってること、言葉にしてよ。どんな言葉も受け止める。 会いたい時は会いたいって言っていいし、つらい時はつらいって言ってほしい」 時々、美和は彼にはかなわないと思うことがある。 人間の器というものがあるなら、明らかに彼の器の方が美和より大きいと思う。 「柴田くんは、大きい人だね」 「大きい?」 柴田は、美和の言葉にきょとんとして、空いている片手で額から上に手を上げて、身長のことを表現した。 「そうじゃなくて」 美和は笑った。 「心が広いっていうかさ。私よりずっと大人なのかも」 「美和さんは、ちっちゃい女の子みたいだなと思うことあるよ」 「何それ、失礼な」 「かわいい、ってことだよ」 不満げな美和の手元で火の消えた花火を取り上げてバケツに放り込み、新しい1本を握らせながら、柴田は笑ってライターの火を点した。 6db3c3a2-1a10-48e8-888e-d07420980f0f
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