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食後、いつものように二人で食器を洗い終わり、並んで床に座りベッドによりかかってひと休みした。 「うまかったー。美和さん、今日もありがとう。ごちそうさま」 柴田はそう言って、美和の左手を握った。 「どういたしまして」 美和は微笑んで、それから、気になっていたことを口にした。 「柴田くん、新しいプロジェクトのメンバーに入ってたんだね」 「あ、うん」 「小原さんからチケットの手配頼まれたんだけど、来週から出張なんだね」 「そう、今日のミーティングで決まったんだ」 柴田は自分の不在を伝えていなかったことを美和が気にしていると思い、申し訳なさそうに、ごめん、と謝った。 美和はあわてて左右に首を振る。 「あ、怒ってるとかじゃないよ。抜擢されてすごいなと思って。福岡、一人で任されてるんでしょ?」 「うん」 「チャンスだよね。がんばって」 「ありがとう」 「1週間いったあと、長期出張でしばらく博多にいることになりそう」 「うん」 しばらく会えなくなる。 こうやって互いの家を行ったり来たりして過ごすのも、しばらくできない。 その事実に二人の間に一瞬、沈黙が訪れた。 「美和さんに会えないのがつらいよー」 柴田が左手を自分の目の下にあてて、泣くフリをした。 美和は笑って、 「電話するね」 「もちろん。毎晩かけるよ」 柴田は大きくうなずき、それでも、と言って、両腕を美和の体に巻き付け抱き寄せた。 「離れたくないなー……」 頬を美和の頭に押し当てて柴田がつぶやく。 私だって、そうだけど。 美和も心でそれに同意しながら、口には出さなかった。 柴田くんの仕事とチャンスを邪魔することになるから、言わない。 毎日そばにいるのが二人のアタリマエになっていたのが、変わる。 「手の届くところにいないなんてやだなー」 柴田は美和の体を抱え込んだまま、体をゆっくり左右にゆすった。 ゆすられながら、美和は柴田の腕に自分の腕をからめて、彼がいない日々を想像してみようとした。 ここにも、オフィスにもいない。会えない。手に触れることもできない。 空白。 ……イメージが浮かばない。 それって、もう、今の私には想像もできない、想像したくもない状態になっているんだ。 柴田が自分にとってかけがえのない存在であることを改めて認めることになった。 「柴田くん」 美和に名前を呼ばれて、柴田は、顔を間近に寄せて、美和の目を見た。 「なに?」 「好きだよ」 珍しく美和の唇からこぼれた言葉に、柴田は一瞬目を大きく開いて、それから美和の体を包む腕に力をこめて、微笑んだ。 「もう1回言って」 「なんで」 美和の頬に赤みがさした。 「……もう1回聞きたい」 「何回も言わないよー」 美和は唇をとがらせて、目をふせた。 「美和さん」 「ん?」 「こっち見て」 顔を上げた瞬間に、柴田がそっと唇を重ねた。 「……柴田くん」 唇が離れたあと、もう一度美和は、好きだよ、とつぶやいた。
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