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第99話 出立の矢先に
東口デパートの屋上は見晴らしが良かった。6階建てなので、特別高いとは言えないのだが、まともな形を残すビルの方が少ない。
一面が荒野、廃屋、廃ビルと、眺めるだけでも気が滅入るようだ。しかしオレは、それよりも遠くを見ていた。
「千夜田はあの辺りだよな……」
結菜が囚われているエリアは、異様な様子がみてとれた。一帯が白く、モヤがかかったように朧気だ。霧でも出たのかと思うが、今は日中で、さらに快晴という陽気だった。
「千夜田にも何かあるのか。真宿が闇に覆われたように」
あそこには何かある。それもオレたちの侵入を阻むものが。困難を極めるだろうことは予測できた、がしかし、オレは決して諦めない。それを口に出す代わりに、拳を固く握りしめた。
「そろそろ出立しよう。だがその前に真宿のアフターケアだな。そのためにアイツらを呼んだのだし」
その時だ。凜花が屋上までの階段を登り、こちらへと歩み寄ってきた。
「ここに居たのかワタル、探したぞ」凜花が話しかけるも、オレは視線を東の方へ向けていた。顔つきもきっと真剣なものだったろう。
「何か用か。オレは考え事の最中だ。話なら後にしてくれ」
「大介たちが来たぞ。軽トラに乗ってきたらしい」
「思ったより早かったな。通してくれ」
「わかった。ちなみに陰木も一緒だぞ」
「うっふ……」
オレは顔こそ真顔を保てていたが、声が裏返った。平常心でいることは中々に難しいものだ。
「あっ、ワタルさんだ!」
大介が屋上に現れると、続けて金髪の大男早川が顔を見せ、こちらに歩み寄ってきた。かと思えば、その2人を押しのけてまで走る薄着の女。本日も地雷系のコーディネート。陰木だった。
「やっと会えたねクソボケーーッ!」
陰木が猛然と駆け寄る。飛んだ。クロスさせた両手をこちらに向けて。
そして当たった。直撃だ。オレはたまらず背中から倒れてしまう。そこへ陰木が馬乗りになり、オレのTシャツのえりを掴んだ。
「このバカ! 全然チャットを返事しないから心配したじゃない! そしたらただの未読スルーってお前!」
「いや、読んだぞ。ついさっきまとめて」
「遅ぇし! 何日経ったと思ってんの!」
「こんな大量に送られても反応に困る。ほとんど意味のないメッセージじゃないか」
この数日で寄せられたチャット、その数なんと184件。しかし読むべきものと言えば「霜北の人たちは順調」とか「駒江の旅団とは上手くやれそう」くらいのもの。
それ以外は「ちょっと」「おい」「返事しろ」という、無意味な声掛けがずらずらと並んだ。
「これにどう返事しろっていうんだ」
「あのね、アンタらは危険地帯に足を踏み込んだのよ? 返事がなきゃ不安になるじゃない。今度から1日1回は返しなさいよね!」
「それは毎日ってことか?」
オレは当たり前の事を訊いたと思う。すると陰木はオレにまたがるのを止めて、衣織の胸に泣きついた。
「衣織ちん、ひどいんだよコイツ! 人が心配してやってるのに〜〜!」
「よしよし。ワタルさんってそういうとこあるから、あまり気にしないで」
割と酷い言われように苦笑していると、とりなすように、大介がやって来た。
「まぁまぁ、こうして無事だったんだから」大介が笑うと、その隣で早川も「モテる男も大変だな」と、不敵な笑みを浮かべた。
そこでオレはようやく立ち上がって、改めて客と向き合った。
「よく来てくれた。道中は安全だったか?」
「うん。割と快適だったよ。自明キャンパスから真宿まで、1本の通商路ができると思う」
「朗報だな。真宿には、関元という男と数名が残る。彼らとは仲良くして欲しい」
「さっき挨拶したよ。お墓の手入れが忙しそうだったから、手短にしたけど。それと、約束の品を持ってきた」
「助かる。さっそく見せてくれ」
オレたちは場所を屋上から、デパート前の大通りに移した。立派なバイクと1台の軽トラが停車している。見張り要員なのか、運転席に1人いて、オレに会釈してくれた。見覚えのある男だ。登途(のぼりと)の生存者だったと思う。
「結構収穫できてるから、たくさん持ってきたよ」
大介は荷台のポリ袋を誇らしげに指さした。ジャガイモ、ナス、トマト、とうもろこしが詰め込まれていた。中には季節外れのりんごや、脱穀された米まであった。
「すごい量だな。こんなに分けてもらって平気なのか?」
「心配しないで。ゾーンって本当に優秀で、もはやチートだよ。作物は季節関係なく作れるし、アニマ次第では半月で実がなるんだよ」
「それは無茶してないか? 酷使すると後が怖いぞ」
「あ、うん。気を付けてはいるけどね……」
大介が横を向いた。アニマが枯渇して倒れた経験がありそうだ。彼の性格上、やりすぎてしまうような気がする。
「ともかく、ありがたくいただく。早川も護衛をご苦労だった」
「良いってことよ。大介のボウズには色々と世話になってるからな。暴漢どもをブチのめすのはオレたちの役目ってね」
聞けば、最近の旅団は凍京から出て井久田方面までテリトリーを広げているらしい。おかげで自明キャンパスから凍京にかけて、ずいぶんと安全になったという。理想は護衛無しでの輸送だと早川は言って、金髪頭を後ろになでつけた。
「うまく連携できてるようだな。じゃあこっちも対価を支払うとしよう」
オレは手招きしては、デパートの内部に戻っていった。3階に向かう途中で関元とでくわした。オレが大介からの贈り物を手渡すと、彼は眼を見開いて喜んだ。
「かなりの食料をもらった。かわりにデパートの売り物を譲る話になっている。さしあたって寝具が欲しいようだ」
「構わんよ。ここには3人しか残らん。大半の寝具は埃を被ることになる」
「家主の許可がおりたな。行くぞ」
大介たちは、宣言通りに寝具を物色した。枕にマットレス、それと毛布だ。今は暑い盛りだが、冬を見越してのことだと言う。
「暖かくして眠るにも限界があったからね。毛布があるとだいぶ違うよ」
「一応、関元たちの分は残してやってくれ。お前たちも物入りだろうが」
「もちろんだよ。軽トラに詰める分だけ貰っていくね」
大介はそう言いつつ、いくつかの毛布をビニル紐で縛った。早川もマットレスと枕を両手で抱えている。そんな2人にまぎれて、陰木も物色するのを見て、オレは待ったをかけた。
「陰木。今回は霜北からは何もしてもらってない。だから対価を渡すわけにはいかないんだが?」
「え、いや。これは迷惑料! チャットを無視された事による――」
「オレの眼を見て言え」
「うぐっ……。分かったわよ、霜北からは労働者を送るから。このデパートも散らかってたり、ガレキがあったりで大変でしょ?」
関元に確認をとってみると、快く承諾してくれた。すると陰木はスタッフ通用口からバックヤードに駆け込み、新品の寝具を漁り始めた。そしてブランド物の毛布を両手にブラさげては、意気揚々と軽トラに乗せた。
お前のトラックじゃないだろ、とは言わずにおいた。大介と早川の荷物を乗せても、まだ多少のゆとりがあったからだ。
「さてと、これで品の受け渡しは終わったから、そろそろ……」大介が次を促した。彼は真宿の「秘境」に興味津々らしく、鼻息もどこか荒い。こちらにも隠す理由もないので、場所を変えることに。
そうして向かったのは地下街だ。大穴からふんだんに注がれた光が、辺りを力強く照らしている。
「話に聞いてたけど、これは凄いなぁ……」
大介は、フォレストの生み出した森を興味深そうに眺めた。ただ驚くだけでなく、草木を指で触れては、感じ入ったように頷いた。
その最中にフォレストが「ようこそ」と語りかけるのを、大介は飛び跳ねて驚いた。喋る木など想定外だったようだが、慣れるのも早かった。
「ワタルさん。ここはもう、アニマの宝庫と言うか、生成所みたいなものだね」
「そのようだな。理屈はさっぱり分からんが」
「一部の植物が、光合成しながらアニマを吐き出してるよ。それに地面も肥沃だ。元々はコンクリートだったなんて信じられないくらい!」
「じゃあゾーン展開したなら、農業ができそうか?」
「それすらも要らないよ。何だってスクスク育つんじゃないかな」
「お二人さん。小難しい話はあとにして、飯にしねぇか? ほら、鍋を持ってきてるんだ」
早川は空腹のようだ。ここで料理しようと言ってきかない。家主であるフォレストに問いかけると「火の扱いに気をつけてもらえれば」と了承してくれた。
そこからはすぐだった。早川が瞬く間に火起こしをすると、下ごしらえ、味付けと進めてくれた。たいして待つこと無く、味噌ベースの鍋が出来上がった。
「じゃあみんな、遠慮せずに食ってくれ」
宴の場には関元たち真宿のメンバーに加え、ちゃっかりジョセフとハミまでも混じっていた。それでも各人が満腹になる量で、焔走などは腹をパンパンにふくらませていた。
不思議なもので、食後にもなると各々が交流を始めていた。関元は早川と車の話で盛り上がり、陰木は氷川を捕まえて肌の手入れを探ろう絡む。焔走は歳の近い大介と喋りやすいようで、マンガやゲームの話に花を咲かせた。
「大丈夫そうかな……この様子なら」
オレは和気あいあいとする光景を眺めては、ポツリと呟いた。真宿の拠点は、ここから発展していくだろう。そんな確信を得た。
食後、オレたちは車に乗り込んだ。関元から譲り受けたSUVだ。
「急な出立だな。明日でも良いんじゃないか?」
関元が名残惜しそうに言う。焔走などは今にも泣き出しそうで、彼の肩を氷川が優しく抱きしめた。
「すまないな。こう見えて急ぐ旅なんだ」
「幼馴染のお嬢さんを救い出すんだったか?」
「そうだ。どうやら千夜田にいるらしいが、向こうの事を何か知らないか?」
「すまん。オレも、真宿から出たことがないから、なんとも……。ただ」
「ただ?」
「以前の真宿には、よそ者が流れてくる事も少なくなかった。しかし彼らは大久母(おおくぼ)とか、渋屋(しぶや)からやって来た。千夜田方面からという人間には、1度も出会ったことがない」
オレは「そうか」と言って俯いた。今の情報もある意味では有用だ。千夜田から人が来ないということは、よほど住み良い場所か、生存者がいないということだ。
そう結論付けたところで、今度は氷川を見た。
「アンタは結局、真宿に残るのか?」
「はい、そのつもりです。よそに移る理由もないので」
「霜北グループには、歳の近い女も多いぞ」
「う〜〜ん。それでも、やはり慣れた場所にいようかと思います。焔走ちゃんから離れがたいし、それに……」
氷川は言い淀んだ。ちらりと関元を見ては、またうつむく。
「まぁ何にせよ、氷川が残ることで助かる面もあるだろ。願わくば、焔走の母親代わりにでもなってくれ」
「えっ、いや、そんな! 私みたいな元引きこもりに、母親だなんて! それにママになっちゃったら、パパ役は……!」
氷川は耳まで真っ赤にしては、しどろもどろになった。その姿をオレは笑顔で受けとめて、最後に焔走の頭をなでた。
「それじゃあ元気でな。関元や氷川と仲良くやれよ」
「ワタルさん。また会えるよね。また一緒にご飯食べたり、おしゃべりしたり、できるよね?」
「当たり前だ。今度はオレの友達を連れて遊びに来るから。それまでのお別れだ」
焔走の頭をポンポンと叩いて、手を離した。別れの合図のつもりだ。
「それじゃあ大介、早川。関元たちのフォローを頼んだぞ」
「任せてよ。できる限りのサポートをするつもりだから」大介が答えて、早川も同意するよう強く頷いた。
「頼もしいな。それと陰木、チャットはほどほどに頼むぞ。スマホを使うだけでもアニマを消費するからな」
「わかったわよ……。でもたまには連絡を寄越しなさいよね。無事かどうか分からないじゃない」
「善処する」
「約束しなさいよ、オイ」
オレはそこで凜花に目配せをした。すると車は緩やかに走り出した。
多くの声援を浴びながら、オレたちは真宿をあとにした。車はみるみるうちに速度を増していき、あっという間に時速60キロまで到達した。
大通りを道なりに東方面へ。車道には遮るものはなく、貸切状態だ。すると凜花が良くない癖を持ち出した。
「ようし、こんだけ広いんだ。ガンガン飛ばすぞ!」
凜花がアクセルを踏み込み、さらに加速しようとした時だ。オレが「止まれ」というと、急転直下、車は尻を振りながら慌ただしく停車した。
「なんだよワタル! 急に止まれだなんて」
言い募ろうとする凜花に、スマホの画面を見せつけた。
「ひさびさにインフォからの呼び出しがきてるぞ」
そう告げるなり、凜花は明らかに嫌そうな顔を見せた。せっかくの運転を邪魔されただけでなく、招待を受けるにはイモムシに丸呑みにされる必要がある。その感覚には慣れていないらしい。
一方で衣織は少しうれしそうだ。凜花の荒い運転よりもお茶会の方が好みらしい。
オレはそんな2つの顔を見比べたのち、招待を受けた。すると、どこからともなく現れた巨大イモムシに、オレたちは次々と呑まれていった。
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