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第5話 廃墟の華
ガレキの町。まず感じたのはそれだった。人の姿も無ければ、まともな形を残す建物も無い。ようやく屋外に足を踏み出したというのに、運命ってやつはあまりにも酷薄だと思った。
「おい、誰か居ないかーー!?」
オレの声だけが響き渡る。それがかつてない恐怖となり、全身の震えとなって返ってきた。
周囲のどこを見ても絶望しかない。大きくひしゃげた線路と、ペシャンコにつぶれた駅舎。周辺の建物もひどい有り様で、窓は1枚もなく、コンクリートの壁からは黒焦げの鉄筋が飛び出していた。外壁もあらゆる飾りが溶けており、黒ぐろとした焦げ付きが目立つ。
「何だよこれ……。核戦争でもあったのか?」
そこでふと、スマホがブッブと鳴る。同時に思い出されるのは、例の不気味な文章だ。人類が絶滅だとか、殺し合ってるだとか、そんな言葉が踊り狂っていたと思う。
「本当に、現実なのか。これが……」
渇いた風が吹く。ポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。さっきまでは気味悪がってたのに、今は拠り所にしようと手を伸ばしている。勝手な男だと思う。
「なんだこれ。画面に周辺地図がでてる……。川咲市(かわさきし)の西井久田(にしいくた)だって!? オレが住んでる町じゃねぇか!!」
もう一度辺りを見渡してみる。右手に駅舎と線路、左手に雑居ビルの通り。背後に崩れかけた歩道橋に、ガレキとゴミの散乱するT字路。あまりの変貌ぶりに気付けなかったが、構造は同じだ。
ここは、オレの下宿先がある町だった。
「マジで何があったんだよ。震災とか、そんなレベルじゃねぇぞ」
思わず空を見上げて見た。曇り空、というよりはチリが空を覆いでもしたのか、どんより重たい。身体が震えてしまうのは、体感温度の低さだけじゃないだろう。
「とにかく移動しなきゃ。避難所とか安全な場所に……」
とぼとぼとした足取りで、死んだ町をさまよい歩いた。かつての駅前通りは買い物客で賑わっていた。喫茶店ドゥテイルは落ち着いた雰囲気が好きだったし、隣の本屋も店員の愛想が良かった。
今は何も無い。ただ、壊れかけの廃ビルが並ぶだけだ。
「全部なくなっちまったのかよ……。あそこの肉屋、からあげが絶品だったよな」
ビュウと風が吹くと、どこかでカタンと渇いた音が響いた。とっさに身構えて叫ぶ。
「誰かいるのか!?」
待っても返事はない。反響がひどく、音の出どころも分からなかった。後ろ髪ひかれる思いのまま、探索を続けることにした。手始めに大きな廃ビルへ足を運んだ。
「ここは……。小和急(おわきゅう)だよな」
そこは小和急線の駅前に必ずある、有名なスーパーマーケットだった。建物の形は保っているものの、中はひどい。床もひび割れており、そこに割れたガラス片が散らばる。天井も崩れたのか、あちこちの棚が巨大なコンクリートの塊に潰されている。
生存者が居るようには思えなかった。
「誰もいないのか? お邪魔します」
足元に注意しながら店内へ。ひどい臭いだ。視線を巡らせると、悪臭の出どころは生鮮食品コーナーだと分かる。腐敗が激しく、鼻どころか目までも痛みを覚えた。
「キツすぎんだろ。早いところ退散するか……」
ときどきポケットが振動した。棚の列を移動してブッブ、でかいガレキを乗り越えてブッブ、事あるごとにスマホは震え倒した。さすがに苛ついて仕方ない。
「うるせぇんだよさっきから。小刻みに知らせてくんな……」
スマホをつまみだす。すると画面の変化に思わず目が止まった。長方形の枠の中に、いくつかの黄色い点が打たれていた。どうやら、その点に近づく度にスマホが反応を示しているようだった。
「もしかして、オレに何か伝えようとしてる?」
画面を頼りに店内を移動してみた。倒された棚は空っぽで、持ち去られた後のように見えた。黄色い点は、その棚の下を差しているらしい。その場ではいつくばり、隙間に手をのばした。すると、雑誌らしきものを引きずり出した。
「これは週刊誌か。10月1日発行、たぶん最新のだろうな」
表紙は、季節外れの水着を着た美少女が、艷やかな笑みを見せるものだった。感じるものは少ない。強いて言えば、劣化が気になる。最新号のわりに、妙に紙がカサカサで、新品とは思えなかった。
少なくとも、店に並んで数日の品質ではなかった。
「なんか地震とか、色々あったんだろうけどさ。ここまで傷むもんかな……」
黄色のマークは他にもある。隣の棚だ。生鮮食品とは反対側で、飲料を扱っているエリアだ。棚は案の定からっぽ。端から端まで。マーカーが示すのは、棚から若干離れたポイントだ。ガレキの隙間に何かが見えた。
「あれは、ペットボトルか?」
ひざを屈んで、手を伸ばそうとした瞬間だ。スマホが狂ったような音を吐いた。ギュイッ、ギュイッという耳障りな音。振動も激しい。
「な、なんだ一体!?」
スマホの画面を見ると、赤い点がふたつ、こちらへと近づいてくる。駆け足の音、近い。振り向けば、何者かが目前にまで迫っていた。
「うわっ! あぶねっ!」
とっさに後ろへ跳んだ。さっき居た床に釘バッドが振り下ろされた。
「なんだお前ら、そんなもん振り回すな!」
「チッ。仕留めそこなったか」
二人組の男だ。フルフェイスに厚手のジャージ、釘バットと鉄パイプで武装している。お喋りできそうな空気ではなかった。
「お前ら何者だ? いきなり襲いかかるとか、低能にもほどがある――」
オレが言い終える前に、2人は身構えた。振りかぶりながらこちらへ迫る。釘バットの方は、左肩に担ぎ上げるように掲げている。それならばとオレは、バットの掲げられた方向に飛び込んだ。
立ち位置が原因で、相手はオレに上手く振り下ろせない。その隙に腹へ膝蹴りを叩き込んだ。それだけで暴漢の男は、くの字になって武器を手放した。
やれる。戦える。あのバケモノに比べたら楽も楽。イージーモードに思えた。
「クソが! よくもやりやがったな!」
暴漢の片割れが真横に鉄パイプを振った。身体が泳ぐほどの大ぶりだ。オレはバックステップで距離をとり、間合いを測る。振り終わりの瞬間。今だ。一気に詰める。そして頬に拳を浴びせてやった。
「ぎえっ! てめぇ、この野郎!」
「まだやるか? 次は骨の2、3本もへし折るぞ」
言ってみたかったセリフ。それは思いの外効いたらしく、暴漢たちは転げるようにして逃げ出していった。
「ドロップアイテムなしかよ、しけてんな。撃破報酬くらい置いていけ」
オレは気を取り直して、ガレキのペットボトルに手を伸ばした。無糖の炭酸水。しかも生ぬるい。
「栄養価なし。まぁ喉が渇いてるから、飲むんだけどさ――ブワッ!?」
パンパンに膨らんだ炭酸水は、挨拶代わりに景気よく破裂した。生ぬるい水が顔をしたたかに濡らしやがる。
「最悪かよ。あ〜〜あ、半分も無駄にしちまった……」
せめて残りは大切に飲む。まずい。ほんのり刺激に無味の水。非常時じゃなかったら、絶対に口になどしなかっただろう。
「ひどい目にあったが、このスマホは使えるな。物の位置とか、敵に反応するみたいだし」
屋外へ出ると、画面は広域地図に変わった。黄色のマーカーが数え切れない程に打たれてゆく。その全てがアイテムだと思えば、気分も軽くなった。
「すげぇ量だな。こんなの持ちきれないだろ」
しかし喜んだのも束の間だ。黄色表示されていても、建物に入れないケースがほとんどだった。1階が崩れて埋もれるとか、倒壊しているとかで、探索できる場所は稀だった。
「まいったな。水、食料、薬、あと身を守るものが無いと……」
商店街の坂道を登る。コンビニ、弁当屋、コインランドリーにパチンコ店。その大半は損壊が激しく、室内に入り込むことができない。
少し焦りが出てきた。大通りから横道に入る。すると道ばたに黄色マーカーを発見。ここなら手が届くと確信して、安堵の息を漏らした。
「頼む、なんか良いもの! ここはなにとぞレアアイテムで――」
マーカーの傍までやって来ると、そこには警官の制服が落ちていた。いや、これは、生前は警官だった者の死体だ。
制服の袖から白いものが見える。異臭もひどく、オレが足音を立てると、反応したハエが何匹も飛び回るようになった。
「うぇっ……。覚悟はしてたが、死体かよ……」
そこでふと、何か落ちている事に気づく。死体から離れた所に、棒状の物がある。手にとってみれば重たい。安心感や頼もしさが感じられるほどに。
「これは、警棒か?」
二段式の警棒だ。振ってみると、すかさずロッドが飛び出した。耐久性、機能性に申し分なく、ぜひとも欲しいと思う。
「すんません。これ、借りていきます。どうか成仏してくれ」
名も知らぬ警官に手を合わせたのち、オレはその場を後にした。その先は土砂崩れに見舞われており、進む事は困難だった。
それから道を変えて探索する事を繰り返した。坂を昇っては戻る。何箇所かで試したところ、1つの結論に辿り着いた。
「だいたいの道は閉ざされてんな、うん」
もともとこの辺りは丘陵地帯で、坂の多いエリアだ。崖に立つ家も多く、基礎部分をコンクリートで補強された光景は珍しくなかった。
そういった建物も、今や軒並み崩壊していた。大量の土砂とガレキが道に押し寄せたことで、天然のバリケード状態。通行することは難しい。
「まいったな。物資も見つからないし、ここは避難所でも探したいところだが……うん?」
スマホ画面に1つ気になるものを見つけた。それは駅前通りの喫茶ドゥテイル付近。マーカーは黄色ばかりなのに、ひとつだけ紫色が点灯していた。
「黄色が物資、赤は敵対者、じゃあ紫は……?」
考えても分かる事ではない。だが、何かある事は確実だ。幸い、駅前ビルは破損が激しいものの、崩れきってはいなかった。探索するだけの価値はありそうだ。
「よっし、行ってみるか。良い出会いに期待してるよ」
そんなふうに独り言(ご)ちて、坂を下っていく。相変わらず物音はない。無音の世界だ。この辺りに、実は死体がゴロゴロだと思うと、つい足早になってしまう。
「着いたな、ドゥテイル。良きものをお願いしますよっと」
この時、オレは少し油断していた。暴漢をあっさり撃退できたし、町も無人みたいなものだ。オレ以外にろくな生物はいないと考えていた。
だが現実は違った。突然、足元で破裂音が鳴り響き、同時に砂ぼこりが弾けて巻き上がった。
「えっ、なんだ今の!?」
「そこのお前、動くんじゃねぇ! 手を上げろ!」
言われるままに手をあげた。すると、イスやテーブルの積み上がる向こうで、誰かが叫んだ。若い女の声だ。
「良いと言うまで動くなよ。さもないと、頭に風穴あくからな!」
バリケードの上で細長い砲身が見えた。オレはガンマニアじゃないが、さすがに分かる。自動小銃子砲身だ。
それは黒く鈍い光を放ちながら、オレに照準を合わせていた。
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