第6話 ディープゾーン

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第6話 ディープゾーン

 暗がりの中、鈍く光る銃口。それは今もこちらへ向けられている。オレは両手を挙げ、相手の動向をうかがう事しかできない。  バリケードの向こうで1人立ち上がり、顔を見せた。やはり女で、若い。歳は20歳代真ん中くらい、オレより少しだけ上か。赤髪のポニーテールで細い輪郭も手伝い、尖った印象を受けた。黒のライダースジャケットもそうだが、何より切れ長の瞳の眼光が鋭く、威圧的に感じられた。  実際、威圧されてる訳だが。 「何もんだテメェ!」 「オレは、以前この辺りに住んでた大学3年だ」 「あぁそうかい。質問を変えよう。なぜアタシのテリトリーに入ってきた、言え!」 「テリトリー? ここはお前んちか?」 「アタシが支配してんだからアタシのもんだ。それより言えよ、なんでノコノコとテリトリーを侵した。理由次第じゃブチ抜くぞ」 「スマホの通知だよ。ここに何かがあるっていうから」 「アァ? スマホなんて動いてる訳ねぇだろ! 通信は死んでるし、充電だってまともに出来やしない」 「実際、動いてるんだが」 「んな作り話、誰が信じるか! クソオス相手なら尚更だ、さっさと消えろ!」  ガチャリと、女が銃を構え直す。話の通じる状態では無いだろう。 「分かった、分かった。いったん出直してくる」 「2度と来んな!!」  結局、威嚇されっぱなしの対話だった。カフェを出るまで銃口を向けられてしまった。しかし追ってくるつもりはないようで、通りまで出ると、ようやく視線を感じなくなった。 「なるほど。つまり赤いマーカーは敵対者で、紫は中立……と」  ふと、さっきの女について思い出す。中立と言うには敵意が強すぎた。 「ギリ中立ってことにするか、襲われる危険ありと……。それはさておき、腹が減ったなぁ」  腹の虫が鳴る。思えば、探索の間はろくに食べ物を口にしていない。とりあえず周辺を探し回ってみた。レンタルショップ、駅そば、フィットネスクラブ。目ぼしいものは見つからず、荒らされた形跡と、建物の倒壊レベルを確かめるだけで終わった。 「ちょっとピンチだな。このまま飯を食えないとなったら……ウン?」  駅前通りに人の気配を察知した。とっさに物陰に隠れて様子を見る。3人組の男たちが現れた。ヘルメットや金属バットで武装しており、中にはホウキの柄に包丁を括りけた武器までも見える。 「あいつらの目的は、喫茶店か?」  予測通りだった。男たちは身をかがめながら喫茶店ドゥテイルに乗り込んでいった。屋内ではすぐに女が気づき、激しく応戦した。 「なんだテメェら、また痛い目をみてぇのかクソオスどもが!」  乱射だ。パタタと軽快な音が廃墟に響き渡る。それは銃声というより、もっと身近な音だった。 「あれは本物じゃなくてモデルガンか。エアガンとかそういう」  実際、男たちは大して怯まなかった。鉄板を盾にしながら、少しずつ侵入していく。プラスチック製の弾は、素肌に当たれば痛いものだが、鉄を貫くほどではない。   「フザけんなよクソオスども! 死ね死ね死ね死ね――。えっ? ジャムった!?」  銃撃による抵抗は、弾づまりという末路を迎えた。すると侵入者たちは、一気に距離を詰めていく。絶体絶命としか言いようがない。  そんな光景を眺めるオレは、さて、どうしようか。 「見捨てる……のは気がすすまないな。どっちかと言えば」  オレは足音を殺しつつ、喫茶店の傍まで寄り、身を潜めた。辺りには女の喚き声が響き渡る。 「離せ、さわんなオラ! ぶち殺すぞ!」 「へっ。両手足を押さえつけられても、まだこんだけ威勢があんのか。殺す前にジックリ楽しめそうだぜ」  男3人はのしかかることで、女を制圧していた。そして力任せに服を脱がそうとする。  それは見ているだけで胸糞悪くなる光景だった。腰にささった警棒。握りしめ、静かに近寄っていく。連中は『お楽しみ』に夢中らしく、こちらの動きに全く気づいていない。知能は低めかもしれない。 「たまんねぇなオイ。これからどんな風にキイキイ泣くか。興奮してきた」 「オイ、バカども。乱暴はダメだって、小学校で習わなかったのか?」 「だ、誰だお前は!」 「通りすがりのコーヒー好きだよクソどもがッ!」  男たちは完全に無防備だった。重厚な鉄板の盾も床に転がしている。バカの極みで助かる。  オレは頼もしき警棒で、次々と強烈な攻撃を浴びせた。骨が砕ける感触が伝わってくる。一撃必殺とはまさにこの事。男たちはまたたくまに悶絶して、その場にうずくまった。 「どうだ、まだやるか? このまま逃げ帰るってんなら、骨1本でカンベンしてやるよ」  オレが警棒を突きつけると、男たちは荷物をかき集めては、ほうほうの体で逃げていった。  あとは女だけが残っている。きまずい。何か喋れと思えば、さっそく話しかけられた。 「何しにきやがった。テメェもどうせお仲間だろクソオス!」  よりにもよってこの言い草か。助け損だと思うと、長いため息が飛び出てきた。   「別に感謝が欲しいとは思わんが、礼の1つくらい言っても良いだろ」 「うるせぇ! そもそもテメェは最初から怪しかったんだよ。偵察みてぇなマネしやがって。どうせ悪さするつもりなんだろ!」 「いや違うって。スマホの通知があって、ここに誰かいると出たから――」 「もう少しマシなウソをつけよ。スマホなんて電池切れで、まともに動くはずねぇだろが」     オレはポケットから取り出し、液晶画面を女に見せつけた。切れ長の瞳が真ん丸になるくらいには、衝撃的だったらしい。 「まぁ良いや、邪魔したな。別にアンタが目当てだった訳じゃない。じゃあな」 「ま、待て! そのスマホ、もう少し見せてくれ!」  それからどうしたか。結局は中に招かれた。バリケードの向こうは二人がけのテーブルセットと、床に直でマットレスが敷かれている。キッチンには食材や工具が乱雑に置かれて、半開きの扉には下着が吊るされていた。 「洗濯物を見てんじゃねぇよ。撃ち殺すぞ」 「見たくて見た訳じゃないんだが」  オレは差し出された水をすすった。フチの欠けたティーカップに、半分だけ満たされている。歓迎する気は、それなりに持ち合わせてるのだろうか。 「自己紹介がまだだったな。アタシは国友凜花(くにともりんか)ってんだ」 「鬼道渉(きどうわたる)だ。よろしく」 「それにしてもアンタ、ちょっと雰囲気違うよな。他の連中のようにスレてないっつうか。妙なスマホも持ってるし」 「クソオス呼ばわりされたが?」 「根に持つなよ。なんというか、アンタからは血の匂いみたいなのがしない」    「聞きたいのはこっちの方だ。一体この世界で何がおきた?」 「ハァ? 何言ってんだ?」 「オレはとある場所に閉じこめられてて、出れたと思ったら世界が崩壊してた。何があったのか教えてくれ」  凜花は呆れ顔で肩をすくめた。だが、それからは顔をひきしめて、世界の変貌について語ってくれた。  あれは秋晴れの心地よい昼のこと。ようやく夏の暑さがかげり、次の季節が感じられる陽気だった。凜花は職場のアパレルショップで勤務中だった。夜には居酒屋でビールを、などと考えていたとか。  そんなありきたりな午後に、突如、揺れが襲った。震災を上回るほどの振動に、店内だけでなく、街からも悲痛な声があがった。すると凜花は倒れた棚の下敷きになってしまい、身動きが取れなくなる。自力での脱出は難しく思えた。 ――た、助けて……!  同僚に声をかけようとしたが、続けざまに熱波が吹き荒れた。かつてない暴風だった。街路樹が吹き飛ばされ、路上の車さえも転がされるほどだ。人類の文明などたやすく蹂躙されてしまった。実際に同僚たちは、割れたガラスが真横から飛んできた事で、猛烈に斬り裂かれてしまった。  彼らの亡骸は、直視できないほどひどく、そして瞬く間に損壊したという。凜花は皮肉にも棚に押しつぶされた事で、ガラスの矢を回避出来たのだ。  どうにか自力で脱出した凜花は、同僚をその場に残し、ひたすら駆け回った。風は止み、地震も治まり、しかし大火災に見舞われた街なかを。 「あの時アタシは、絶対死んだと思ったよ。それからは地下鉄の方に駆け込んで、とにかく奥に奥に向かった。関係者以外のガチ侵入者だけど、ぜんぜん構わずね」 「それからは?」 「そこは駅員の控室だったのかな。私物とか、敷きっぱなしの布団があった。アタシはそれどころじゃなくて、部屋の隅でガタガタ震えてたよ。たまに熱風があったのか、バカ強い風が吹き込んできたね。だからとにかく引きこもってた」 「天変地異ってところか……。結局どうなった?」  「何日引きこもってたかな。テレビはつかねぇ、スマホは電池切れで、まともに動かねぇ。ホームなんかは灯りがついてたが、非常電源ってやつかも。何日か寝たあと、外の様子も落ち着いたと思って、地上に出てみたんだよ。そしたら――」  凜花は唇を震わせると、自分自身の身体を抱きしめた。心の奥底にある恐怖と対峙するかのようだった。 「殺し合いだ。あちこちで、殴って奪うっつう殺し合いが起きてたんだ。頭をつぶされた男とか、裸で死んでる女とか、とにかく死体死体、死体だらけだった。それを怯えるでもなく、水や食料を何人かで奪い合ってやがった」 「そのとき、警察や自衛隊は?」 「んなもん、とっくに機能してねぇよ。もう地球の文明はお終いだ。こんだけの災害が起きてんのに、飛行機どころかヘリの一基も飛んできやしねぇ。車だって走ってんのを見たことねぇし」 「つまりは、これは川咲市だけじゃない。日本、いや、世界中が……」 「ボロッカスに滅ぼされた。そうとしか思えねぇだろ」  「そんな事がありえるのか……」 「それがだいたい半年前。そっから今日までずっと廃墟でサバイバルってね。大体の事は慣れたし、驚かなくなったよ。でもね、まさかアンタみてぇな、浦島太郎に会えるとは思わなかった」 「半年!? 待てよ、今は10月じゃないのか?」 「違えし。アタシも正確な日付は分かんねぇけど、冬は1回越してる。暖かくなってだいぶ立つから、今は5月かそこらだろ」 「マジで浦島太郎の気分なんだが」 「はい、アタシの話はお終い。今度はアンタの番だよ」 「オレの?」 「とぼけんな、スマホだよスマホ。ちゃんと見せな。別に盗ったりしねぇから」 「まぁ、別に構わんけど」  オレが凜花にスマホを差し出すと、その拍子で互いの指が触れ合った。すると、バチンという音とともに、電流が駆け抜けていった。 「いってぇ! また静電気かよ……?」  その時、脳裏に何か話し声が響いた。声の輪郭はボンヤリとして、全容が理解しづらかった。 ――オレを殺せんのか、お前みたいなガキに。やれるもんならやってみろや!  ドスのきいた凶悪そうな声だ。関わりたくない人種のそれだ。声はそのあとも続いているようだが、耳鳴りと同時に遠ざかっていった。 「おい凜花。大丈夫か……!?」  大丈夫とか思えない。凜花はオレの前で倒れ、壁にもたれかかっている。どうやら気絶しているらしい。 「おい、しっかりしろ! どうしたんだ!」  オレは呼びかけに固執するあまり、スマホの通知に気づくのが遅れた。ブッブ、ブッブと知らせてきたのは、次の言葉だった。 ――サイコダイブが可能となりました。ディープゾーンへ侵入するには、こちらのボタンを押してください。  オレは何をさせられるのだろうか。やはり気味が悪いものは、気味悪いままだと思う。  
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