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第94話 地下街のアニマ
かつては買い物客で混雑しただろう地下モール。災厄を経た後はガレキが山積して、チラシや生活ゴミの散乱するという、荒れに荒れた場所だった。
それが今はどうか。床一面に緑のコケが敷き詰められ、ところどころに草花まで生えていた。
「これは何事だ……?」
オレはコケの群生地にそっと足を踏み入れた。靴ごしにフワリとした感触があり、コケのこすれる音も聞いた。実体がある。これらは幻でない事は間違いなかった。
「お日様が当たらないのに、元気そうですね」
衣織が手を伸ばして、自生する葉に触れた。紺色の葉を引っ張っては離す。すると茎が何度もお辞儀をするように前後に揺れた。その様子には生命力が感じられた。
「いったい何があった。誰かの仕業……?」オレはそこまで言って寒気を覚えた。これほどの異常事態は、だいたい覚者が関わっている。身構えつつスマホを取り出した。しかし、マップを見てもセカンダリーゾーンは検知できなかった。
ひとつだけゾーンが表示されたが、ここからだいぶ離れている。それはオレが拠点のデパートで展開したものだった。地下モールの異変とは何ら関係がない。
「嘘だろ……。じゃあコイツらは勝手に生えたと言うことか?」
「そうなんじゃね? ゾーンじゃないってことは」凜花はそう言っては、白い花弁をなでた。それはスズランの形をしており、暗闇の中で淡く発光していた。
「そんなはずはない。きっと何か裏があるはずだ」
オレは自然発生だと認めなかった。あまりに不条理だと思えたからだ。するとそこで、氷川の姿が目についた。彼女は降り注いだアニマを浴びたことで、若返りという願望を実現させたのだった。
あの日アニマは、真宿のいたるところに降り注いだ。そこで気づく。次の瞬間には、口元にスマホを近づけて、新たな命令をくだした。
「マップ上にアニマを表示させろ」
すると機械音声が聞こえ、冗長なロード時間を挟んだ後、表示された。マップにマーカーが浮かぶのだが、あまりにも膨大すぎて、画面に溢れかえってしまった。
「そういうことか……」オレが呟くと、衣織が返事をした。
「何か分かったんですか?」
「これ、全部アニマがやったことだ。オブジェクトを中心にゾーンを極小展開した形と、少し似ているか」
「えっ、全部とは?」
「言葉通りの意味だ。そこに生えた草も、無数に生えたコケの1つ1つが、アニマを活用したことで生み出された」
「生み出されたって、こんな膨大な数を!?」
今の言葉に衝撃を受けたのは、凜花と衣織だけだ。関元は怪訝な顔を見せ、氷川と焔走はそろって首をかしげたので、全く伝わっていないようだった。
「ともかく、もう少し調べてみよう。危険がないとも限らん。充分に警戒してくれ」
探索すると決めて奥へと向かった。道は南の方向に伸びているので、進むほどに拠点から遠ざかった。もっとも、拠点に近ければ安全ということはない。余計なことは気にせず歩き続けた。
「光の差さない地下に植物かぁ……。アニマってのはマジで何でもやれちまうな」
「凜花がいうほど万能でもないがな」
「でもよ、こんだけ植物が生えてんだぜ。都会のアスファルトジャングルにさ。何でもアリって考えても言いすぎじゃない――」
その時、関元のライトが何かを捉えた。素早く動いた影は、正面の曲がり角の方へと消えた。
「何だ今のは?」
オレが問いかけるも、明確な返答はなかった。何かが動いた様子は見ていても、それが何かまでは分からなかったという。
「とにかく追うぞ。最悪の場合は戦闘になるから、覚悟してくれ」
それからは足音を殺して進む。やがて迎えた曲がり角で立ち止まり、壁に背をつけて隠れた。
「関元、ライトを」そう言って受け取ると、続けてみんなに伝えた。3数えたら飛び出すと。
「じゃあいくぞ。3、2……イチ!」
オレは曲がり角に飛び出して、90度左に曲がる道をライトで照らした。そちらにおおむね異変はない。どこまでもコケと植物が見えるだけだ。
何か違いがあるとすれば、その道のど真ん中。一匹の猫が暗闇の中で佇んでいた。
「なんだコイツ。野良猫か?」
「あぁ可愛い! ブチ猫ちゃんですね!」
そういって衣織はオレより前に出た。そして、適当に草を枝ごと引っこ抜いて、それを前に差し出した。猫の関心をひきたかったらしい。
しかし全く相手にはされず、テシテシと歩き去る背中を眺める事になった。
「ううっ、フラれちゃいました……」衣織が見てわかるほどに肩を落とした。
「こんな所に野良猫がいるだなんて。どこから紛れ込んだのやら」
オレは何の気無しにスマホを取り出した。現在位置を知るためで、実際、拠点は更に遠ざかっていた。かれこれ15分は歩いているので当然とも思う。
「そういえば関元。食料を取りにやって来たんだよな?」
「そうだ。こんな異変がなければ、すぐにでも取ってくるのだが」
「その仮拠点の場所は、マップで言うところのどのあたり――」
オレがそう言いかけた時だ。突如マップに赤いマーカーが出現した。近い。2つ。それを眼にした瞬間には叫んでいた。
「敵だ! 近くに敵がいるぞ!」
すると関元が焔走を包むように抱きしめた。隣で氷川が立ち尽くし、それらを守るようにして、凜花と衣織が身構えた。
「ワタル、敵はどこだ!」
「すぐそこだ、たぶん10歩もないぞ」
マーカーの表示位置だけを頼りにライトを照らす。しかし人影は見えない。見えるのは無数のコケと、比較的背の高い草が生えている事くらいだ。
「どこに居るんだ、いったい……」
するとそこへ、焦れるだけのオレたちを嘲笑うような声が、通路内に響き渡った。声色は2つだった。
――ハッハァ! なんかマヌケ面どもが迷い込んできたなぁ? どうするよハミ?
――ジョセフ、やっちゃって! 全員ブチ殺して皆の養分にでもしちゃおうよ!
声は明瞭に聞こえる、しかし姿は見えない。これもアニマが原因か。必死に索敵するが、ライトに映る光景は無情だった。
――くたばれマヌケども! あの世で後悔しな!
攻撃が来る。オレは「伏せろ!」と叫んだ。それと同時に、オレのシャツに小砂利か何かが当たった。些細なことだ。今は気にしてる場合じゃなかった。
焔走を抱きしめる関元は低くうずくまっていた。隣で氷川も頭を抱えてしゃがんでいる。どこだ敵は。オレは懸命に探した。目まぐるしくライトを振った。凜花と衣織も集中して索敵している。だがそうまでしても、敵の姿は見つからなかった。
――ヒャッハッハ! 心臓を一撃、オレ様の大勝利!
――すごぉい、さすがジョセフ! めちゃ強いじゃん〜〜!
何も起きてないのに勝利宣言があった。オレはいよいよ訳が分からなくなり、首をかしげてしまった。
だがそこへ、待望とも言える敵の姿を見つける事ができた。それは雑草の茎をかき分けて現れた。
「オラオラァ! 次はどいつからブチ殺してほしいんだ?」
現れたのは子ども、いやそれよりも小さい。手のひらサイズの人間だ。長帽子に長い耳の男が、暴言を吐きながら姿を現したのだ。その周囲にはホタルにも似た羽虫が、寄り添うように飛び回っていた。
その光景を眺めるうち、オレは自然と眉間をもみほぐす仕草をした。
「凜花君。1つ言ってもいいかね」オレはなぜか堅苦しい口調になっていた。
「また博士コントかよ。良いぜ、言ってみろ」
「見間違いでなければ、あれはノームとフェアリーというものではないかね?」
心情としては、笑い飛ばしてほしかった。そんな訳無いと言ってほしかった。だが凜花の返答は期待を遥かに下回った。
「うん、まぁ、そうなんじゃね?」
やはりそうなのか。自覚するといっそう、非現実的な不条理さに圧倒されてしまった。
アニマやらアップスだとか、常識を粉砕する物事を毎日のように目の当たりにしてきた。だから何を見ても驚かない自信はあったが、さすがにコレはない。力ない笑みを浮かべたオレは、ファンシーな生物たちを凝視していた。
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