第95話 地下街のアニマ②

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第95話 地下街のアニマ②

 オレたちはいわゆる「虚を突かれた状態」に陥っていた。今何をすべきか、どう動くべきかも分からず、いたずらに立ち尽くすばかり。  すると、長帽子のノームが笹の葉の滑り落ちては、コケの上に華麗なる着地を見せた。そして割り箸よりも細い腕を大きく前に突き出して、彼なりの大声を響かせた。 「おうおうおう、ウスノロのデカグソ野郎ども! オレ達のテリトリーに何の用だ? これ以上領地を侵すってんならぁ、このジョセフ・アシュレイ様が、あぁ、許すぁねぇ〜〜!」  大見得をきる小人のそばを、羽を生やした小人が飛び回りながら、こう言った。 「わぁすごい! ジョセフ〜〜!」 「へへっ。見てみろよハミ。敵さんはビビって声もでねぇ。まぁ無理もねぇか。いきなり仲間がブッ殺されたんだからよ」  オレはどうしたら良いかいまだに分からず、ともかく喋る小人の傍に寄った。 「なぁ、少し聞いてもいいか?」 「なっ!? 貴様、なぜ動ける! 心臓を一撃でブチぬいてやったのに!」 「心臓? あぁ、確かに小石か何かが当たったような……」 「どうしようジョセフ! こいつらピンピンしてるよ!」 「ハッタリだ、そのうちくたばるさ」  ジョセフと呼ばれた小人は、彼なりに大きく跳ねた。大人の人間で言う、太ももの高さに到達しただろうか。  そして大振りな葉っぱに着地しては、またもや大きな声を響かせた。 「恐れ入ったかウスノロども! これ以上死人をだしたくなかったら、さっさと引き返せ!」  恐れ入ったかと言われても、何も分からずじまいだ。こっちは誰も死んでない。それどころか、脅威らしい出来事すら起きていなかった。  オレらの抱く温度感を小人たちも察して、彼らに困惑を与えたようだった。    「どうするのジョセフ。あいつら、全然逃げていかないけど?」 「しゃあねぇな。警告はしてやった。オレ様の温情もこれまでだぜ」  ジョセフが腰から武器を取り出した。それは一見して木の枝で、二股に分かれた部分を輪ゴムで結んだパチンコだった。 「次は誰にするかな……。お前だ、筋肉女!」  そんな叫びとともに、ジョセフはパチンコで射出した。それは小指の先どころか、ゴマ粒よりも小さな石だった。  狙われたのは凜花。タンクトップでむきだしの二の腕に、その石は当たった。かすかにペチンという音が聞こえたか。もちろん一切の怪我を負うことはなかった。 「ジョセフ! もしかして、今の攻撃は効いてないのかも!?」 「んなわけあるか。渾身の一撃なんだぞ」 「でもでも、奴らやっぱりピンピンのピンピンピンだよ?」 「ちっ。だったら仕方ねぇ。最強奥義で一気に片付けてやらぁ!」  ジョセフは両手を開いては、天井に向けて伸ばした。その指はやたら小さい。あのサイズでもしっかり動くのかと感心させられた。 「いくぞ、必殺技ァ…………ァァアァッ!!」 「すごい、すごいよジョセフ! アニマがめっちゃ貯まってるから! ここまできたらもう、ちっちゃいジープだから!」 「喰らえ! サクラ・ストリーム!!」  勇ましく叫んだジョセフは、パチンコを強く引き絞った。そして射出。飛び出したのは、先程と変わらない小石だが、数が違う。なんと3つも一度に打ち出したのだ。  まぁ、1個が3個でも、だから何だと思う。 「あいたっ」小石の1つは衣織の額を弾き、「うん?」もう1つは関元の腹に着弾。そして最後の石は氷川で、首筋にペチッと当たった。  もちろん怪我どころかノーダメージだ。強いて言えば「あっ、服の中に石が」と氷川が慌てたことが、一番の損害と言えるだろうか。 「どうしようジョセフ!? やっぱり効いてないよ!」 「ちくしょうが! こうなったら大蛇でもコロリといく猛毒を使って――」  ジョセフは最後まで言えなかった。ズンズンと歩み寄った凜花に、指先でつまみ上げられたからだ。 「へぇ、これがノームってやつ? すげぇ、めっちゃ動くじゃん」 「あっ、こら人間! ジョセフを離しなさい」ハミと呼ばれた妖精が凜花の傍を飛び回るが、まったく意味がなかった。するとハミはその手に小さな果実を持った。 「これでもくらえーーっ!」  その果実は凜花の顔面めがけて投げられ、上唇のあたりで弾けた。すると凜花の様子に変化が現れた。 「なんだ今の、へっ……ふえっ……」 「どうよ、クシャミ玉よ。今のは効いたでしょ?」 「ふえっくしょい!!」  盛大なクシャミとともにジョセフは離された。その身体は頭から真っ逆さまに落下し、コケの地面に向かって一直線だ。  あわや激突というタイミングで、両腕を伸ばした衣織が頭から滑り込んだ。かろうじてジョセフを掌にキャッチした。 「ふぅ、危ない危ない。大丈夫ですかノームちゃん?」 「うわっ、気安く話しかけんなデカ女!」 「う〜〜ん。どっちかと言うと背は低いほうですけど。それにしても君、どっかで見たような……」  衣織が手の上で観察しようとすると、続けて氷川や焔走までも近寄った。どちらも興味津々といった様子だ。  これに慌てたのはジョセフの方だ。彼にすれば巨人に囚われたようなものだろう。さっきまでの威勢はどこへやら、とたんに腰砕けになって悲鳴をあげた。 「ひっ、助けっ! 食べないでお願い!」  何だかイジメている気分にさせられてバツが悪くなった。結局はジョセフをリリースする事に決めて、大根の葉にも似た広い葉っぱの上で身柄を解放してやった。 「ふぅ、ふぅ、見たかハミ。オレはあの地獄から生還してみせたぜ!」 「さすがジョセフだね! 不死身の男!」 「あたぼうよ! こちとら、天下無敵の妖精様よぉ!」    あの醜態をなぜ誇れるのか、そして称えることができるのか。もしかするとオレらとは情緒がズレているのかもしれない。 「ジョセフと言ったな。少し話を聞かせてもらうぞ」オレが問いかけると、小人は葉っぱの上でふんぞり返った。 「へっ。ウスノロが。オレ様の気が変わらないうちにサッサと聞けやオラ! ダラダラすんじゃね!」 「では……ここだけ妙に植物が多い。その理由を知ってるか?」 「はっ、知らねぇよ。オレに聞くな」 「お前たちは何者だ?」 「見ての通り、勇ましくも愛くるしい妖精様だ。分かったら跪けよ、ブサイクで小汚い巨人のクズどもが」  その言葉が少し癇に障ったらしい凜花は、フゥっと強く息を吐いた。するとジョセフは葉っぱからこぼれ落ちそうになり、揺れる茎に掴まる事でどうにか落下を免れた。  そして器用にも、下の葉っぱに降り立ってみせた。 「うう、おっかねぇな筋肉女。うっかり殺されかけたぞ……」      「話を続けよう。この道の先には何があるんだ?」 「なんだお前ら。知らねぇでやって来たのか?」 「知らないも何も、地下街がいつの間にか一変してたんだ。把握してるわけが無いだろう」 「おい聞いたかハミ! こいつら、あんな素晴らしい所を知らないんだってよ!」 「あら可哀想。そんなんじゃ生きてたって無意味じゃない。自分から不幸になってるようなものよ。無知ってどうしようもないのね!」  ジョセフとハミが顔を向き合わせて「ね〜〜っ」と言葉をかわした。するとまたもや凜花が吐息を吹きかけた。  妖精たちにとっては嵐のようなものだ。ジョセフは葉っぱにしがみついてまで堪えた。ハミはその場から吹っ飛ばされて、隣で咲く花の花弁にポトリと落下した。  オレは「やめとけ」と言いながら苦笑しては、ジョセフに問いかけた。 「この先に何があるんだ。教えてくれ」 「お前、あんだけの事を仕出かしておいて、よくもまぁそんな口がきけるな!」 「答えないというのなら、うちの筋肉女が黙ってないぞ」 「ひえっ……。じゃ、じゃあこうしようぜ! さすがにタダで通ろうだなんて、虫が良すぎってもんよ」  ジョセフは声を震わせながらも交換条件を出してきた。なんでも、木彫りのノーム人形をもってこいと言うのだ。 「人形を用意すれば協力してくれるのか?」 「それは出来次第よ。いいか、オレと同じサイズ感のやつだ。バカでかいもんを持ってこられてもお断りだ。あとすんげぇ美人のやつな!」 「お前らの美醜なんて分からんが……良いだろう」  オレはその場でアニマを使用した。オブジェクトを中心としたゾーン展開で、すぐに手のひらサイズの人形が生み出された。  ただし、ひどく歪んでいた。顔や手足の造形がグニャリとひん曲がっており、少なくとも美人でない事は明らかだった。もちろんジョセフから却下された。 「いいか、ここを通りたきゃ人形だ。ビタいち譲らねぇからな!」   結局オレたちは、来た道を引き返す事にした。 「ワタルよぉ。さっきの人形だけどさ、もうちょい上手く作れねぇもんなの?」  オレと並んで歩く凜花がもっともな事を言った。 「オレは手先が器用な方じゃない。あのサイズの人形となると、とにかく緻密で、イメージも上手くできない。見た目以上に難しいんだぞ」 「ふぅん。じゃあどうする。諦めるか?」 「ここは拠点から遠くない位置だ。地下街が緑化した理由くらいは把握しておきたい」 「だったら強引に突破しようぜ。妖精たちは虫かごにでも入れちまってさ」 「ずいぶんと嫌ったもんだな、凜花は」 「そりゃそうだ。あんだけ悪しざまに言われたら、気分悪いだろ」 「まぁ確かに。筋肉だのガサツだのと好き放題言われたらな」 「まったくだ。いや待てよ、ガサツとは言われてねぇが?」  オレは聞こえないふりをして、道の先を照らしながら歩いた。「異常なし」と安全確保も少し冗長になった。  すると今度は衣織がオレに問いかける番だった。 「ワタルさんって、ほんと律儀ですよね。あの子達の要求をきくだなんて」 「なるべく後ろめたい事はしたくない。だから、可能な限り応じようとは思う」 「それは結菜ちゃんのために?」 「まぁな。どうせ会うなら胸を張って会いたい」 「その志は立派ですけどね。人形を作れないというなら、どうやって手配するんです?」  すると氷川が「あのう」と声を発した。右手も挙手しているのだが、指先は肩の位置より低く、遠慮気であった。 「どうした。何か?」 「ノーム人形に心当たりありますよ。ほら、拠点の2階にある雑貨屋さん」 「あぁ、確かに売り物のなかに、そういったものもあったような」 「美人かどうかは分かりませんが、まずはそこを探してみませんか?」 「そうだな。氷川の案に乗るよ」  トンボ帰りのようで徒労と言えなくもないが、帰路は苦になる距離ではない。「妖精だなんて驚いたね」などと雑談を重ねるうちに、拠点まで帰ってきた。  そして例の雑貨屋を探すのだが、またもやオレたちは暗礁に乗り上げてしまう。 「ないな、1体も……」  一応、今もノーム人形は商品棚に多く残されている。帽子は赤青緑とバリエーションがあり、ポーズも複数種ある。だがどれも男だった。 「参ったな。美人どころか、オスしかないぞ」 「どうすんだよワタル。強行突破するか? そっちの方がアタシの好みだがよ」 「ここはどうにかして作るか……ちなみに美人のノームってどんなんだ?」 「アタシが知るかよ」  凜花がにやけながら大きくかぶりを振った。するとその隣で衣織が何かに気づき、その場で膝を折った。そして床に這いつくばる姿勢になり、棚の隙間に手を差しこんだ。 「ん? どったの衣織ちゃん?」 「ごめんなさい凜花さん、ちょっとどいて。あと少しなんで……」  しばらく格闘していた衣織は、やがて「取れた!」と叫んでは立ち上がった。その手にはノーム人形があり、他のものより一回りだけ小さかった。 「どうですかワタルさん。これ、女の子ですよね?」  その人形は確かに造りが違った。比較的長い髪は毛先がクルリと巻かれており、瞳は大きくまつげも豊か。愛想よく微笑み、両手を胸元に添えるポーズも奥ゆかしい。これはどう見てもメスのノームだった。 「でかしたぞ衣織。おかげでオレが作らずに済みそうだ」 「でもどうでしょう。これは美人なんですかね?」 「その辺はどうとでもなる。ジョセフがごねるようなら説得するさ」  こうしてオレたちは、再び地下街へとやって来た。暗い通路を進み、さきほどの場所まで行くと、ジョセフの方から話しかけてきた。 「おう、やっと戻ったかウスノロ。首を長くして待ってたんだぞ」ジョセフは広い葉の上に座っていた。隣にいるのはハミだろう。 「要望の品を持ってきた。美人のノーム人形――」 「わ〜〜っ! わ〜〜っ!! 皆まで言うなバカ! オレが見に行くから、そこで待ってろ!」  ジョセフは葉っぱから飛び降りると、ハミに「そこにいろ」と言い、1人だけでやって来た。そしてオレの近くの葉っぱによじ登っては、不自然なまでに声を落とした。 「さぁ見せてくれよ。ちゃんと美人なんだろうな?」 「たぶんな。きっと気に入るだろう」 「うぇへへ……楽しみだなぁ。どんな感じかなぁ。どんなおパンテュはいてんのかなぁ?」  見るからに顔を緩ませたジョセフの前に、例の人形を突き出した。すると、鼻の下が伸びっぱなしの顔が、みるみるうちに鋭くなっていった。 「お前バカか! こんなロリ持ってこられても困るっつうの!」 「どういう事だ? 背丈はだいたいお前と同じだろう」 「それでもこれはロリなんだよ、ガキンチョなの! これだから人間はもう……使えねぇな!」 「まったくわからん。お前の希望とどうズレてるんだ? そこが分からない事には」 「ったく。いいかよく聞け。大人の女はこんな風に笑わねぇんだよ。もっと知性と愛嬌を兼ね合わせたような――」  ジョセフの美女論を尋ねていた、まさにその時だ。オレの眼前で何かの影がよぎり、ジョセフをさらった。  影の正体はブチ猫だった。牙の先にジョセフを器用にぶら下げたかと思うと、脱兎の勢いで、通路の奥へと走り去った。 「あぁ! ジョセフ!」置き去りにされたハミが叫ぶ。すかさず宙に飛んでは、オレたちの回りを五月蝿く飛び回りだした。 「ちょっとアンタたち、早く追いかけてよ! ジョセフがさらわれちゃったじゃないの!」 「奥へ行っても良いのか? 交換条件をまだ達成してないが」 「この際どうでもいいよ! つうか、アタシとは関係ないもん」 「そうか。じゃあお言葉に甘えて」  予期せぬ形で通行許可が降りた。そうしてさらに奥へ進んだのだが、そこでオレたちは眼にする。「知らなきゃ不幸」と豪語するだけのものが、そこに広がっているのだった。
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