第98話 想いを乗せて

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第98話 想いを乗せて

 眼前にそびえたつ5階建てのビル。1階はコンビニで、その上には賃貸関連のテナントがずらり、最上階は住居として運用されていたらしい。  しかし今となっては全てが過去のこと。窓ガラスは割れ放題で荒廃としており、看板と表札から察するばかりだ。 「う〜〜ん、見るからに立派な廃ビルだな」  オレは呟きながらビルを見上げた。巨大だ。5階建てなど都心では珍しくもないのだが、改めて正面から向き合うと、自分がちっぽけな存在に思えてきた。 「おっし、地上は塞がれてるから作戦失敗。クリア不可能。フォレストに報告しようぜ」  凜花が両手を打ち鳴らしては、そう言った。どこか急かすような響きがある。 「待て凜花。諦めるには早いだろ」オレが引き止めると、凜花はあからさまに渋面をつくった。 「ワタルよぉ、これ見て何しようとしてんの? 無理だろ無理」 「アニマはだいぶ余裕がある。とりあえず案を出していけば、よさげな解決法が見つかると思うぞ」  凜花が渋面から眉間のシワを深くするのを他所に、オレたちは円陣を組んだ。立ち話なのだが、気分は円卓の会議場である。 「今回の目的はひとつ、地下街の緑地を保全したい。メリットは真宿拠点の資源を確保できるようになる。そのためには邪魔なビルをどかす必要がある。ここまでは良いな?」  関元や焔走たちは話を理解はしているものの、不安げだ。これから何をさせられるのか分からず、思いあぐねているのかもしれない。それでもオレが「良いアイディアを頼む」というと、積極的に案をだしてくれた。 「単純に屋上から順番に破壊すべきでは?」関元が真っ当な意見を出した。危険性もなく、実に理知的な発想だった。だがオレは「単に崩すだけならガレキが残る。その処理も膨大だ」と却下した。  続けて氷川が「根元からある程度壊して、横から引っ張るのはどうか。木を切り倒す要領で」と、割とブッ飛んだ案を出してくれた。悪くはないが「ビルの倒れるタイミングが読めない、最悪崩落に巻き込まれる」とやはり却下した。  すると焔走が勢いよく手を挙げては「ビル全部を持ち上げてどっかに置いてくる」と無邪気に言った。オレが答える前に関元が笑ったことで、なんとなく廃案となった。 「う〜〜ん。やっぱり斬新なアイディアが出てこないな」  オレはちらりと凜花を見た。そちらは険しい表情を浮かべており、隣の衣織も似たような顔色だった。いったい何が不満なのか。オレは熟考しつつ、2人の方にも意識を向けた。  するとそこで焔走がポツリと呟いた。 「そういえばテレビで見たことあるよ。海外のニュースでね、いらないビルを爆弾で壊すの」  その言葉に、オレは電流のようなものを感じた。それだ。答えを得たと直感して、思わず焔走の両手を握りしめた。 「良いぞ、素晴らしい。それでいこう!」 「えっ? 爆弾で壊すってこと?」 「仕掛けを作りたいがアニマを節約したい。部品とか、鉄材とか、その辺を集めてくれ。それとカラのドラム缶も欲しい。壊れていても構わんから手当たり次第に頼むぞ」  こうしてオレたちは廃墟の真宿を漁ることにした。すでに誰かしらに奪われたあとだ。食品の類は一切無かったが、金属類に関しては容易に集まった。壊れた時計やらパイプ椅子やらキックボードなんて物があっても、わざわざ修理しようだなんて暇人はいないらしい。 「ワタルさん、みっけたよ〜〜」  焔走が弾む足取りで寄ってきては報告してくれた。彼は楽しみで仕方ないようだ。その間に関元は燃料調達。ライターオイルを貯め込んでいるそうなので、それを分けてもらうことにした。氷川も集められたものの仕分けを請け負ってくれたので、集まり状況を把握しやすかった。  一方、残り2名は乗り気でなかった。凜花が錆びついたドラム缶を持ってきては「くれぐれも慎重にやれよ」と語気を強めた。  衣織も衣織で同じように集めてはくれるのだが「今からすごく不安ですけど、信じてますからね」と、拝む姿勢で言った。 「なんだ2人揃って。心配性だな」  オレはかき集めたガラクタを持って、件のビルの中へ向かった。そして支柱を見つけるなり、壊れたパイプ椅子などを置いていった。スチールや合皮が爆弾に使えるかは不明だが、無いよりはマシだと思った。火薬はゼロから生み出すしかない。  それよりも気をつけるべきはドラム缶の配置だ。今回のプランの肝だ。完成形を緻密にイメージしつつ並べていく。そうして作業を進めていくと、燃料の素が届けられた。 「ここに居たのか。約束の品を持ってきたぞ」  そう言って関元が小さな段ボール箱を寄越した。開けてみると、中はライターオイルの缶で埋め尽くされていた。未開封なのでそれなりの量になりそうだった。 「ありがとう。これで燃料は充分だな」 「しかしなぁ、本当に上手くいくのかい?」 「こいつをアニマでジェット機の燃料に変えないとな。でもどんな代物なんだろ。よく知らんが、とりあえずバカみたいに爆発するイメージにして――」 「なぁ、本当の本当に上手くいくんだよな?」    関元は半信半疑だ。オレは「大船に乗ったつもりで」と言い、品をありがたく頂戴した。  そして準備が整うと、オレたちは大通りで横並びになった。念の為、ビルから1ブロックほど離れた場所にいる。 「みんなよく頑張ってくれた。これからビル解体ミッションを実行するぞ」  オレが言うと、凜花は手をすりあわせて拝む仕草をみせて、衣織は両手を組んで祈りを捧げる姿勢になった。思わず「失礼な」という言葉が飛び出しそうになる。 「詳細はこうだ。まず爆薬でビルの支柱を全て破壊する。それから間髪入れずに、1階に仕掛けたジェット燃料を燃やしに燃やして、ビルごと吹っ飛ばしてしまう。そういう手法をとるぞ」 「わぁあ! すごいすごい! 本当にそんな事ができるの!?」  焔走は大興奮だ。小さな両手を打ち鳴らして、精一杯の拍手で称えてくれた。一方で、固定観念の凝り固まった大人たちは冷ややかだ。小声で「さすがにそれは」と困惑する様を隠さない。  ここは論より証拠。オレは意識をビルに向けて、精神を集中させた。作業は全て遠隔で行う。対象から離れるほどアニマ消費量が増えるが、まだ火葬で処される訳にはいかない。 「さぁいくぞ、オレのアニマを見さらせ!」  誰に対しての台詞なのかは、自分でもわからない。だが気分がのる。ワクワクする。心が弾んで胸から飛び出そうだ。この高揚感、悪くない、いやむしろアニマの出が良くなった。やはりポジティブであるべき。やれる。できる。無限の力を与えてくれる。  そうだ、人はビルになんて負けない。それを証明してみせる。巨大なる文明の遺物を天高く打ち上げることによって。 「盛大に弾け飛べ! ファイヤーッ!!」  掛け声とともに破裂音が響いた。爆破は成功。ビルは遠目からでも明らかに揺れており、今にも横倒しになりそうだ。  そこへオレは次のフェーズにうつった。ここで手を抜けば意味がないのだ。 「さぁ本日の目玉だ! 空飛ぶ廃ビルを刮目してみよ!!」  燃料に火をつけたところ、バフンと珍妙な音が響いた。それとともに、辺りには熱風が吹き荒れて、オレ達の肌を強く打った。  ビルはどうだ。揺れている。飛ぶのか、飛べ、飛んでみせろ。  その願いは届いた。みんなの想いを乗せて、今、青空へ……! 「やった、やったぞみんな! ビルが!」 「すごいすごい! ワタルさんの言った通りになった!」  土台から切り離されたビルは、一直線に天へと昇っていった。ドラム缶に高エネルギーの燃料を籠めて燃やしたのだ。爆発による推進力は凄まじく、尻に炎を燃やして飛び立つ様は、さながらスペースシャトルのようだった。 「成功じゃねぇかワタル! うまくやりやがって!」  凜花がオレの肩を抱きながら空を指した。件のビルはすでに遠く、掌に収まるほどのサイズに見えた。 「いやぁ、気球の時みてぇに失敗すると思ったけど、意外だったわ。うん」凜花が感じ入ったように繰り返し頷いた。 「失礼なやつだ。オレは成功する未来がみえてたぞ」 「いや悪かったよ。まさかこんなにも上手く飛ばすなんて思わねぇだろ。だって5階建てのビルを、なぁ……?」 「かくいうオレも、想定以上の手応えを感じてるよ」  ビルは今も空の上だ。掌におさまるほどのサイズ感を維持している。     「ゆけ、みんなの夢を乗せて」オレが言うと凜花が笑った。 「なんだよ今の」 「わからん。なんとなくそんな言葉が浮かんだ」 「でもいいな、それ。思いを乗せて……」  あとは言葉もなく見守っていた。風が祝福するように頬をなでる。静かで、豊かさすら思わせるひとときだった。しばらくして凜花が再びオレに訊いた。   「ところで次はどうすんだ、地下街へと繋ぐ穴でも掘るのか?」 「一応は、さっきの爆発で穴まで空いたはずだ。そこまで計算したからな」 「えっ、マジで!?」 「しかもビルを吹っ飛ばしたからな、ガレキの処理だっていらない。おそらく作業の9割がたは終わってるだろう」 「最高かよ! 早いとこ現場を見に行こうぜ、うまくいってると良いな!」  凜花の上機嫌な振る舞いに、関元たちも安堵の顔をみせた。しかし衣織だけが空を見上げたままでポツリといった。「軌道がおかしくありませんか?」と。  オレ達も同じ方を見上げた。空では、小さくなったビルが徐々に大きく膨らんでいった。それは、どうやらこちらに向かっているように思えた。 「あぁ、そりゃそうだよな。打ち上げたら落ちてくるよな」 「おいワタル、まさかとは思うが……」 「どこに落ちるかまで考えてなかった」    「おいぃ! フザけんなよマジで!」  凜花が猛抗議しようとしたが、その暇がない。ビルは重力を味方につけて、みるみるうちにスピードを加速させていった。  ビルが空気の壁でも蹴散らしながら落ちてくるのか、遠くに聞こえる轟音が凄まじい。それに気づいた途端に、辺りは騒然となった。 「ヤバいヤバい! みんな逃げろ!」凜花が逃走を促して、すぐに駆け去ろうとした。つづけて「路地裏に逃げ込め!」というので、狭い路地に突入した。  その間もビルは迫る。あまりの轟音に背筋が凍るようだ。そして不運なことに、オレたちの方へと落下してきた。まるで追尾でもするかのように。 「うわぁ! とにかく走れーーッ!」  その時、頭上で何かが砕けた。落下するビルは、オレたちを蹂躙する前にタワーマンションに激突したのだ。  そのすさまじい衝撃から、地上側のマンションの上半分を吹き飛ばしてしまう。だがそのお陰か、落下する方のビルの軌道が変わり、オレたちの頭上を飛び越していった。  少し間をおいて、周辺で轟いた。地面が歪むほどに揺れた。さながら大地震のようで、オレたちは立つこともできず、地面に這いつくばった。 「お、終わったのか……?」  誰も答えなど知らない。しかし、空を覆うほどの建物などどこにもなかった。さっきの揺れが、結末だろうと思った。    見通しの悪い路地では現状を確認できない。近くの建物の屋上に登って、付近の様子を眺めたところ、凄まじいまでの最後を見た。  例のビルは、最終的に1ブロック先のをビル群をなぎ倒してしまった。東側に向かって放射状に更地が広がっている。この身の毛もよだつほどの威力は、近代兵器にまったく引けをとらないだろう。 「オレたちの夢が、潰えたんだな……」オレがポツリと呟くと、凜花が真っ先に答えた。 「そういう言い方やめろよ。つうかワタル、お前マジでさ」凜花が圧を放ちながら近づいてくる。 「あっ、見てみろ。ちゃんと地面に穴が空いてるぞ」  重圧に耐え兼ねてオレが言うと、皆がそちらを見た。わずかに基礎部分を残すビル跡地には、ぽっかりと穴が空いていた。ポイントは穴自身ではなく、その様子だった。  ちらちらと光輝く粒子がそこから浮かんだと思うと、アスファルトの方へと散っていった。すると、細かなアニマが作用してか、ところどころに草花が生えた。枯れ果てた街路樹の脇で、アスファルトの亀裂で、あるいは廃屋の壁に這うようにして。 「おお、良い感じだな。これでフォレストも喜んだだろう。さっそくだが報告に――」オレはうまくまとめたつもりだが、凜花が許さなかった。 「おう待てよワタル。他にも言うべき事があるんじゃねぇの?」 「あ、うん。そうだよなぁ……」オレはすがるように衣織の顔を見た。そちらもやはり顔色が険しい。こちらもご立腹のようだった。 「さてと。どう落とし前つけてもらおうか」凜花がジリジリと歩み寄る。 「待て。話せばわかる」  オレは手垢のついたような台詞をはいてしまった。それで怒気が鎮まるわけもなく、気圧されるほどの気配に後退りした。  だが救いの神はいた。突然スマホが振動したのだ。何事かと思えば着信だった。 「あっ、凜花ストップ。電話だ、電話」 「はぁ? いったい誰から!?」 「ええと、かけてきたのは……」  画面をみる。すると、とたんに肝が冷えて、血の気が引くのを感じた。  凜花に画面を見せてみる。するとこっちも顔面蒼白となった。なぜなら「陰木紬季(かげきつむぎ)」の文字が表示されていたからだ。 「電話がきたなら仕方ない。アタシの話は後回しでいいから」今度は凜花が後ずさる。 「衣織。久しぶりにお友達とおしゃべりしてみないか?」  オレが問うと、衣織はニッコリ微笑んで「紬季ちゃんは、チャットを放ったらかしにしたワタルさんとしゃべりたいんですよ」だなんて無慈悲に言う。  もちろん関元や氷川もスマホを受け取りはしない。手のひらをこちらに向けてまで拒絶した。 「万事休すか……」 「腹をくくれワタル。アタシらは一足先に地下街に行ってるから」  無情にも凜花たちは屋上から立ち去っていった。空飛ぶビルに夢を託した仲間たちは、振り返りもせずに遠ざかっていった。オレだけを屋上に残して。  スマホは変わらず震えつづけた。オレはとうとう意を決して応答した。「もしもし」と。 「やっと出た、このバカ! ちょっとくらい返事しなさいよ!」  通話は罵声スタート。凄まじい声量で耳がキィンと鳴った。 「まったくもう、どんだけ心配したと思ってんのよ! そもそもね、女の子からの連絡を雑に扱うだなんて態度からしてね――」  陰木の叱責。一向に途切れないお言葉を、延々とちょうだいする羽目になった。  ふと空を見上げた。抜けるような青空だ。夢を乗せた何かは、どこにも見当たらない。視線を彷徨わせる仕草も「ちょっと聞いてるの!?」という罵声に遮られてしまう。  夢はいずこか。オレはやかましい電話を聞き流す最中、拠りどころが欲しくて仕方なかった。    
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