それから

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それから

 記録的猛暑日が続いている。 「良かったの、眞叶(まなと)なら理解してくれるでしょう」  短文しか書かれていない便箋を読んだティナが聞く、三つ折りにして封筒に詰めながら。 「いいよ。マナちゃんには持病のない、健康な人と幸せになってもらいたい」  眞叶と天馬はアウトドアが趣味の仲。 「ほんとは怒っていないんでしょう」この問いには、笑って頷く優奈だ。 「ったく手紙の届け人?  連絡取れない時点で次はない(アウトな)んだから、こんなの流行らないわ」  サービス内容と説明文を読みながら、苦言を呈するティナ。  そこには身元など一切の情報を伏せ、手紙のみ往復させると書かれていた。 「でも私、嬉しかったよ。マナちゃんの字も好きだから」  嬉しそうに字を指でなぞる優奈は今、病室のベッドの上。 「足りない物はない? 天馬とだいたい揃えたって聞いているけど」  天馬とティナは間もなく結婚する。  そして眞叶には隠していたが、優奈に難病が発覚した。  原因も治療法も未知、今回の入院で初めてステロイドを投与したところ。  副作用で入院が長引いている。 「別に経過が落ち着いていれば、妊娠出産も問題ないんでしょう」  担当医からはそう説明を受けているが、それでわざわざ爆弾を抱え込む必要もないだろうと優奈は思う。 「どんな人が使うんだろう、このサービス。利用者が幸せになるといいな」  集団部屋の、廊下側のベッドのため窓の外の景色は見えない。  カーテンもピタリと閉められていて、閉塞感が優奈を襲う。 「伝えたいことは、その時々で伝えなきゃ駄目」 「それでもチャンスがあるっていうのは、心強いことだと思う」  ティナの主張する通り、言いたいことはその場で都度言っておくに越したことはない。  それでも後悔がある時にこのサービスは、希望の光りとなるだろう。 「結婚式には間に合うんでしょうね」  招待状は既に受け取っていて、出席で返答予定だ。 「天馬が眞叶、呼ぶと思うけど」  優奈は笑顔で頷いた。 「それまでに、元の調子に戻しておくね」外は暑すぎ蚊も飛ばないそう。 「そこで会えるんだから、わざわざ手紙なんていらないのにね」  蝉の鳴き声は、窓の閉められた病室内にも薄ら届く。  暫く貰った手紙をただぼうっと眺めていた優奈だが、顔を上げると引き出しの中にしまう。  いつまでも愛おしそうに見つめながら。
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