第4話 様子のおかしい依頼人

1/1
前へ
/18ページ
次へ

第4話 様子のおかしい依頼人

 テーブルを挟んだ向こう側のソファー。  そこには、どことなく居心地が悪そうに、小さくなって座る女性がいる。  喧嘩の邪魔をしてしまったことを、きっと少なからず申し訳なく思っているのだろう。 「お見苦しいところをお見せして、大変失礼しました……」  そんな女性に、ブラックコーヒーと煎餅(せんべい)を出しながら、柊也が頭を下げた。  喧嘩については、柊也としてはむしろ止めてくれてよかったと思っている。  でなければ、どちらも引くことなく、今もまだ続いていたかもしれないのだから。 「い、いえ、私がタイミング悪く来てしまっただけですから」  気にしないでください、と落ち着いた声で、女性も同じように頭を下げた。  柊也の同級生の女子よりも少し大人っぽい雰囲気を(かも)していて、柊也は大学生くらいだろうかと予想する。  ただ、夕方で疲れているのか、顔色が悪いように見えるのが少し気になった。 「それで、今回のご依頼は?」  先ほどまでの様子がまるで嘘だったかのように、継が真面目な顔を女性に向ける。  継に促された女性は、ゆっくり口を開いた。 「あ、はい。私は坂井(さかい)優海(ゆみ)と言います。今日は調べてもらいたいことがあって、ここに来ました」  そう告げた優海は、目の前に置かれたボールペンを手に取る。  そして継が差し出した書類に、自分の名前を綺麗に整った文字で(つづ)った。 「『優しい海』……ですか。素敵な名前ですね」  書き終えた優海の手を、継はそっと両手で包み込むように握る。  まっすぐに微笑みを向けられた優海は、恥ずかしそうにうつむき、どうしていいかわからないようだ。 (いきなりセクハラしてんじゃねーよ!)  そんな継の行動をしっかり見ていた柊也は、優海を助ける意味も込めて、即座に隣から肘鉄を食らわせた。  しかし、継はそれを受けても笑顔を崩すことなく、話を進めようとする。 (ちっとも効いてねぇ……っ!)  少しくらいは痛がれよ、と柊也は心の中だけで舌打ちした。 「調べて欲しいことですか? 浮気調査とか?」  継は聞きながらノートを開き、詳しい内容をメモする準備を始める。  そろそろ真剣に仕事を始めようとする継の様子に、柊也もきちんと話を聞くことにして姿勢を正した。  ようやく継の視線と手から解放された優海は、まだ頬を染めながらも、静かに唇を動かす。 「いえ、そうではなくて……」 「……?」  否定する優海の言葉にやや陰りが見えて、柊也は首を傾げた。  たいていの人間は何かしら困っているからこそ、大なり小なり助けを求めてここにやって来る。  だが、優海の場合はいつもの依頼人とは少し違うように見えたのだ。  継も柊也と同じことを感じ取ったのか、声のトーンを落とすと、今度は違う言葉を口にする。 「もしかして、『裏』の依頼の方でしょうか?」  一瞬、優海の息を呑む音が聞こえた気がした。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加