第7話 妖魔、とは

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第7話 妖魔、とは

「ここ通ると近道なんです」  柊也と継に挟まれる形で歩いていた優海が指を差したのは、比較的大きめの公園だった。  すでに日は沈んでいて、均等に並んだ街灯の明かりが三人の影を作っている。 「夜に一人でここ通るのは危なくないですか?」  優海の隣を歩いていた柊也が、思わず問い掛けた。  いくら公園内にも街灯があるとはいえ、女性が一人で入るのはさすがに危険ではないかと心配になったのだ。  けれど、優海は両手を振って笑みを浮かべた。 「さすがに夜は通らないですよ。今日はお二人がいるから大丈夫かと思って」 「うん、今のところは何もなさそうだね。じゃあ公園を通っていこうか」  継が辺りをぐるりと見回し、優海に同意する。 「こっちです」  優海に案内されて、継と柊也は公園に足を踏み入れた。   ※※※  緑が多い公園の中は思ったよりも明るいが、人の姿は見当たらない。 「やっぱ、夜の公園って不気味な感じするよな」  柊也は、冬でもないのに自身の身体を両腕で抱きしめるようにしながら、ぽつりと零す。  理由はわからないが、暗いところはあまり得意な方ではないのだ。何となく苦手、そんな感じなのである。  同じような人間はきっとごまんといるだろう、と柊也はあまり気にしていない。  継はそんな柊也を馬鹿にすることなく、笑顔で口を開いた。 「お、柊也。なかなか鋭いかもしれないね」 「は? 何がだよ」  柊也が(いぶか)しげな視線を継に向ける。 「前に教えたろう? 妖魔は基本的に夜になってから活動するって」 「ああ、そんなこと言ってたな。幽霊みたいだなって思った記憶ある」 「幽霊、ですか?」  柊也の台詞に、優海の両肩が小さく跳ね、同時に怯えたような表情になった。  やはり『幽霊』などと言われたら、少しは怖くもなるだろう。女性ならなおさらだ。  優海に顔を向けた継は、優しく目を細める。口から出てきたのは、安心させるような静かな声音だった。 「正確には幽霊とは違うよ。人間が死ぬ時に残す感情、例えば『辛い、苦しい、もっと生きたい』って強い気持ち、思念(しねん)っていうんだけど、それが実体化したものを妖魔って言うんだ」 「強い気持ち、ですか……」  優海が少し考え込むような仕草を見せる。  継は一つ頷いて、さらに言葉を紡いだ。 「そう。幽霊にも何かしらの思念があるんだろうけど、妖魔と比べると断然劣る。思念が強くないと、僕ら『祓い屋』には見えないんだよ」 「そんなことも言ってた気がする。だから妖魔は見えても、逆に幽霊は見えないって」  確かに俺も幽霊見たことないわ、と柊也が納得しながら腕を組む。  継が、柊也にちらりと視線を投げた。  自分が教えたことを、柊也が少しだけでも覚えていたことが嬉しかったのか、わずかに笑みを深めると、また優海の方に視線を戻す。 「もちろん、負の感情だけじゃないよ。誰かを守りたいとかそういった正の感情も実体化するんだ。正の感情から妖魔になったものは僕もまだ見たことはないけどね」 「そうなんですか。幽霊とは少し違うんですね」  よかった、と優海がようやくほっとしたような表情を浮かべた。 「うん、そう。でも幽霊も妖魔も人に害をなすことが多いから、そこは覚えておいた方がいいよ。それに柊也はもっと勉強しないと。これくらいは『祓い屋』の基本知識なんだから、まだまだ頑張らないといけないね」 「うっせーよ」  柊也が吐き捨てるように言った、その時だった。  これまで優海の歩幅に合わせてゆっくり歩いていた継の足が、ぴたりと止まる。  柊也と優海も、(なら)うように足を止め、揃って継を見上げた。 「急に止まってどうしたんだよ?」 「柊也、この気配わかるかい?」 「気配?」  柊也が不思議そうに首を傾げると、継は大げさに溜息をついてみせる。  次に発した継の声は、これまでと一変してとても硬く、冷たいものだった。 「……どうやらお出ましのようだよ」  途端に、柊也の身体が強張(こわば)る。 「まさか、妖魔……?」  呟くように柊也が問うと、 「残念だけど、そのまさかだよ」  継はまた溜息のようなものを漏らしながら、振り返った。  柊也も続くように背後に顔を向ける。 「――っ!」  その瞳に映ったものに思わず息を呑んだ。
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