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昨夜、湊斗の両親と、朧で囲んでいた夕食の席で、使用人のみゆきが台所に食器を持って消えたタイミングで、朧はおもむろに口を開いた。
「お義父さん、お義母さん、お話ししなければいけないことがあります」
湊斗の母親の富子は、薄く笑みを浮かべながら、「どうしたの、朧さん。改まって」と目尻に笑い皺を作った。
深呼吸してから、朧は覚悟を決めて、一息に言った。
「実は、わたしは無能力者なんです」
その言葉を聞くや否や、はは、と乾いた笑い声を洩らし、富子はゆっくりと箸をテーブルに置き朧を見据えて言った。
「だって、あなた、私たちに見せてくれたじゃない。
何も無いところから、物質を生み出す異能を」
《全く、何を言い出すのかと思えば、自分が無能力者?
わけがわからないわ。
だから嫌だったのよ、こんな小娘を、大切に育てた湊斗の嫁にするのは。
この婚姻は失敗だわ》
突然、朧が両手で耳を塞ぐ。
その様子を見た富子が、心配そうに朧の顔を覗き込んで言った。
「どうしたの、朧さん。
具合が悪いのではなくて?」
《具合が悪いなら、都合が良いわ。
それを口実に、湊斗と離縁させられるかもしれない》
耳を塞いでいた手を離すと、乱れた呼吸を整えて朧は再び話を再開する。
「残念ですが、本当です。
無能力者であることを、両親にさえ隠して生きてきました。
全ては龍ケ崎に嫁ぐため、わたしは必死に異能を持っていると偽ってきました」
富子と、湊斗の父親、定国の顔が揃って引きつる。
《何を言っているんだ、この嫁は。
どこかおかしいんじゃないのか、全く、使い物にならない嫁を貰ってしまったものだ。
この結婚は失敗だ。
早くこの嫁を追い出してしまえないものか》
「では、わしらに見せてくれた、あの異能は、何だったんだ?」
怪訝そうに定国が朧を見やる。
朧は、自分の拳を富子たちに見える位置にかざすと、握った手を、ぱっと開く。
先程まで何も持っていなかった手には、薔薇が握られ、花弁がはらはらとテーブルに落ちた。
居間の窓際に飾られていた花瓶に挿してあった薔薇だった。
「簡単な手品です。
練習すれば、誰でも身につけられます」
「手品ですって?」
朧の言葉を聞いた富子の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
《手品!?手品ですって?
こんなの詐欺じゃない!
許せない、こんな女、すぐに追放よ!》
《わしらをおちょくっていたのか、この小娘!》
「離婚よ、離婚!
私たちを騙すなんて許せないわ!」
「そうだ、この小娘をつまみ出せ!」
とうとう富子と定国が立ち上がり、怒り狂って怒鳴り散らす。
驚いて、皿を運んできたみゆきが目を丸くする。
「言われなくても、そのつもりです。
たった1年でしたが、お世話になりました」
深々と頭を下げると、食事の途中で朧は立ち上がり、2階の自室へと姿を消した。
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